還るべき場所
Act.3
「付き人君!ちょっと!」
「はい!」
衣装部のスタッフ…水城に呼ばれ、増田は足早に彼女に駆け寄った。
いつも増田に罵声を浴びせてくる彼女は、今日もやはり不機嫌な表情でデザイン画を差し出す。
「この衣装、手配して。」
「はい…手越のですね?」
増田はデザイン画をじっと眺め、おもむろに口を開いた。
「この絵だと、ちょっとだぶだぶ気味に見えますけど…サイズはSでいいですか?」
「…え?」
水城は怪訝な表情で増田を眺めた。
増田が意見らしきことを言うのは初めてなので、驚いているといった感じだ。
「…そうね…Mでもいいかも。」
「じゃあとりあえず、同じものをMとSと両方用意しますね。」
増田の笑顔に、水城は完璧に面食らっていた。
いつまでたっても使えない、気の利かない若い付き人。
彼女にとっての増田の評価は、きっとそんなところだったに違いないから。
…でも、もうそんなことは言わせない。
手越の、ために。
さすが手越の付き人だと、
そう言われるために。
増田はぺこりと水城に頭を下げると、衣装室へと駆け出した。
この仕事を手伝うようになって、分かったことがある。
増田が衣装を探し始めるときにはいつも、ハンガーに掛かっている衣装が全てサイズ順、色の薄い順に並べてあるということ。
使った衣装は全て洗濯され、美しくアイロンがかけられているということ。
撮影などで擦り切れたりほつれたりしたものは、縫い目も完璧に繕ってあるということ。
自分が手伝っているのは、ほんの些細な仕事にしか過ぎず、
水城をはじめとした衣装スタッフはこの何十倍も…煩雑な作業をこなしているのだということ。
映画もドラマも、舞台もコンサートも、タレントだけではできない。
大勢のスタッフの不眠不休の働きによって、全てが支えられているのだ。
増田は改めて、それを強く実感する。
もちろん、衣装スタッフだけでなく、装飾・セット・大道具・小道具…全ての美術スタッフについても同じことが言える。
観客の目に入る全てのものは、彼らによって整えられているのだから。
そしてそれらが、作品の出来にダイレクトに影響するのだから。
けれど、彼らは寡黙だ。
いつも一番にセット入りするのは彼らで、
最後に帰るのもやっぱり彼らなのに。
そんなことは、観客達には知る由もなくて。
そして、彼らもそれを知られることを欲してはいない。
ただ作品が美しく仕上がることを。
セットの中で役者達が輝くことを。
彼らはだだそれだけを欲している。
…今になって思えば、
彼らが増田に激を飛ばしていたのは、増田が真剣ではなかったからだ。
ほんの些細な色の変化にもこだわる彼らのプロ意識に、真剣に向き合っていなかったからだ。
それを勝手に虐めだと勘違いして、勝手に凹んで…。
昨日までの増田は、自分の作った殻に閉じこもる、小さな子どもと同じだった。
「…俺も、がんばらなきゃ。」
増田は自分に気合を入れると、綺麗に並べられた衣装の山に飛び込んだ。
「え…?もう出来たの?」
増田と衣装とを交互に見比べて、水城は目を瞬かせた。
早いだけでなく、増田の用意したその衣装は完璧で。
水城は何もいうことがないというように、その衣装を黙って受け取る。
「じゃあちょっと休憩していて頂戴。また仕事が出来たら呼ぶから。」
「わかりました。」
増田は頷いて…突然はっとしたように顔を上げた。
慌てて背を向けようとしていた水城を呼び止める。
「あの!水城さん!」
「何よ?」
「その時間…手越の様子を見に行かせてもらっても構いませんか?」
水城はきょとんと目を見開いた後、小さくああ…と呟きを漏らした。
「別に休憩をどう過ごそうが勝手でしょ。」
「ありがとうございます!」
増田は水城に勢いよく頭を下げると、衣裳部屋を駆け出す。
やっと、
やっと手越に応えてやれる。
…やっと…。
撮影所は作り付けのセットの上が吹き抜けになっていて、2階部分から撮影風景を見ることが出来る。
増田は手すりから乗り出さんばかりにして手越の姿を探した。
そしてシュウジの自宅らしい大きなセットの隅に、その姿を見つける。
手越はちょうど休憩中だったらしく、共演している同い年くらいの俳優と談笑していた。
昨日あんなに凹んでいたのに、今日は動きも表情も生き生きしている。
彼の切り替えの早い性格ゆえか、
それとも…。
手すりにひじを付き、増田はそんな彼を微笑ましく見守った。
「ご苦労様…テゴシ君の、付き人さんでしょ?」
はっとして視線を向けると、スーツをきっちりと着込んだ若い男が笑顔を向けている。
手越が共演している俳優のマネージャーだ…増田はそう認識し、慌ててぺこりと頭を下げた。
「はい。いつも手越がお世話になっています。」
「いいえこちらこそ…。」
男もつられたようにぺこりと頭を下げて。
そして増田の真横に並び、同じように手すりにもたれた。
セットの隅で談笑する手越を見ながら、男はおもむろに口を開く。
「昨日は来てなかったね。」
「あ…はい…あのちょっと、別の用事で…。」
「そうなの?昨日手越くん絶不調だったよ。絶対君がいないせいだよねって皆で話してたんだ。」
「そ…そうなんですか…?」
増田はその言葉に、思わず目を瞬かせた。
それは増田にとって、あまりにも意外な言葉で。
自分がいないことに気づいていた人物が一人でもいたこと…それだけでも十分に驚きだった。
いてもいなくても同じ…そんなふうに思われていると思っていたから。
けれど…『皆で』そう話していたということは、増田のことを気にしてくれた人が、もっと他にもいるということで…。
「羨ましいな…。」
「…え?」
ぽそりと零れたその言葉に連動するように、増田は男に視線を向ける。
「君とテゴシくん…すごくいい関係なんだね。」
男は増田の視線を受け止め、自嘲気味に笑って見せた。
「僕はマネやってもう数年たつんだけど…タレントとの関係には、いつも悩まされてる。向こうはこっちを友だちや家族みたいに思って接してくることもあるけど、こっちはあくまでビジネスと割り切って接してる…。」
「・・・・。」
「でも君達の関係を見ていると、人間関係に肩書きや立場の違いなんて本当は必要ないんだなって思わされるよ。一人の人間として、どこまで信頼しあえるかってことの方が、本当は大切なんだよね。」
「…そう、…ですね。」
増田は男の言葉に同意を示しつつ、内心で困惑していた。
実際のところは、増田と手越は肩書き的には同じで。
もちろん仮に肩書きが違ったところで、手越とは信頼しあえている自信があるのだが…それを男に伝えておかなければと、増田は思い切って口を開く。
「…あの…でも、実は俺…。」
「…知ってるよ、NEWSの増田クン。」
「…え…?」
ぽかんと目を見開く増田を面白そうに眺めながら、男は言葉を続ける。
「僕は最初から知ってたよ。だから何で君が素性を隠して手越君の付き人やってんのかって、ずっと不思議に思ってた。」
「いや別に隠してるわけでは…単に皆さんが俺のことを知らないだけで。」
「そうなんだ!そりゃ傑作だ!」
男はげらげらと豪快に笑い、興奮冷めやらないといわんばかりに増田の肩をばしばしと叩いた。
「面白い!じゃあ裏方のみんなは君がNEWSの増田くんだって知らずに接してるわけだ。ああ〜みんなにバラしてやりたいなあ〜どんな顔するんだろ。」
「あの…もう今更なのでやめてください。」
「分かってるよ…でも君はホントにタレントらしくないね。いい意味でも、悪い意味でも…。」
男の言葉に増田は苦笑する。
『タレントらしくない』
それが褒め言葉かどうかは分からないが…今の自分には似つかわしいのではないかと思う。
「いつかまた、一緒に仕事したいね…今度は、NEWSの増田君と。」
「はい、その時はよろしくお願いします。」
増田はぺこりと頭を下げた。
内心ではすごくすごく…嬉しくて嬉しくて。
ここに来て初めて誰かに存在を認めてもらえたのだ。
NEWSや事務所、タレントという肩書きに頼らない、増田貴久という存在を。
その事実は、増田の中で大きな自信と勇気になった。
男と別れた後も、しばらく手越の演技を見守って。
そろそろ仕事に戻ろうかと上体を起こした瞬間、
ふいに手越が視線を上に向け、増田の姿を捉えた。
「あ!まっすー!」
満面の笑顔でぶんぶんと手を振る手越。
周りの視線が少し恥ずかしくて、小さく小さく振り返す。
「見ててくれたんだ!」
「うん、見てたよ。」
「上手くできてた?」
「よかったよ。すごく感じが出てた。」
手越は飛び上がりそうなほどに喜び、満面の笑みを増田に向けた。
「まっすーありがと!」
「…おう!…ガンバレよ。」
「うん!がんばる!」
本当に本当に…手越は可愛い。
そして、そんな彼の役に立てていることを、
やっぱり嬉しく、誇らしく思う。
増田は胸の奥にほんのりとした温かさを感じながら、足取りも軽く仕事に戻った。
「ちょっと付き人くん、コーヒー出して!」
「あ・・・ハイ。」
現場スタッフからかけられた声に、増田は衣装を水城に託し、慌てて湯沸し室に足を向けた。
撮影現場に誰かが視察にやってきたのだろう。
この役ももう何度目かなので、コーヒーメーカーの扱いからお客様用のカップのありかまで、全て頭に入っている。
コーヒーと砂糖、ミルクを入れたお盆を掲げて現場に入ると、ディレクターズチェアに腰掛ける男性の後姿が見えた。
増田は撮影の邪魔にならないよう、背後からそっと近寄り、小さく声をかけた。
「あの、コーヒーどうぞ。」
「ああ・・・ありがとう。」
初老の男性が、小さくお礼を言ってカップを取り上げた。
その瞬間にカットの声がかかり、スタジオがにわかに明るくなる。
目の前の男性の顔が突然はっきりと見えて…増田はあっと目を見開いた。
「あれ・・・君は・・・。」
男性の方も増田に気づき、がたりと立ち上がった。
撮影に立ち会っているスタッフ達が、不思議そうにこちらを見ている。
しかし彼はそんな周囲が目に入っていないらしく、満面の笑みを浮かべて増田の肩を叩いた。
「増田くんじゃないか!久しぶりだなー!」
「お久しぶりです!清瀬さん・・・うわー、懐かしい!何年ぶりですかね?」
「3年ぶりくらいかぁ?最近活躍してるみたいじゃないか。」
男性…清瀬の言葉に、周囲のスタッフ達が顔を見合わせている。
すると話を聞いていたらしい映画監督が、メガホンを手に興味深げに近寄ってきた。
「清瀬さん、お知り合いですか?」
「ああ、俺がNHKに勤めてたとき、大河ドラマに関わっててさ…ホラ、米倉涼子とかが出てた、『武蔵』だよ。…この子、武蔵の子ども時代の役でさ。」
「ええっ!!」
「大河に出てた!?」
「うそ!タレントさんなの?」
たくさんのスタッフの視線を浴びて、増田は思わず肩を竦める。
注目を浴びる気は毛頭なかったのだが、さも不可解そうに眉根を寄せた清瀬がとどめの一言を吐いた。
「まさか知らなかったのか?だって・・・NEWSメンバーでもあるのに・・・。」
「ええーー!!」
一斉にもれたその雄叫びに、出演者達も何事かとこちらを伺っている。
しかしスタッフ達は最早パニックで。
「えっ…だって…NEWSって山下くんとか錦戸くんとか…えっと…。」
「そういえば…あとの子たちがわからない(汗)。」
「俺最近テレビ見てねえ〜!」
「だってジャニーズの子ってみんな同じに見えるんだよ〜。」
「んなんだからオジサンって言われるんだよ!」
「おめーに言われたかねえ!」
そんなスタッフ達を尻目に、清瀬は不思議そうに増田を眺めた。
「そういえば何で増田くんがここに…しかも、働いてる・・・?」
増田は照れ笑いを漏らし、かしかしと頭をかいて見せる。
「俺の後輩の手越が、主役で出させてもらってるんです。まだ不慣れなんで付き添いで来てて・・・。」
「それで手伝いもってわけか・・・増田くんも、先輩だね〜。」
嬉しそうに笑う清瀬に、増田も笑顔を返す。
その後ろでは、まだ驚きに沸くスタッフ達の騒ぎ声が聞こえていた。
「どうして今まで言わなかったの?」
にわかに問いかけられ、増田は水城に視線を向けた。
質問の意図を汲み取れていない増田に、水城は更に問いかける。
「NEWSのメンバーだって、言えばよかったのに。」
増田は水城の言葉に、自嘲気味の笑みを漏らした。
そして、手元の衣装に視線を戻し、ぽつりと口を開く。
「僕も最初はそう思ってました。」
水城の視線を感じて、増田は更に言葉を続ける。
「仕事をしていても上手くいかないから、そんなときはそれを思って言い訳ばかりしてました。」
「…俺はアイドルだから…って?」
「そうです。これは俺の仕事じゃないからって、ずっとそう自分に言い聞かせて…でも、今は…。」
先を続けかけて、増田ははっと顔を上げた。
いつの間にか、目の前に年配の大きな男達が立っている。
持ち道具の斉木、
アクリル装飾の小笠原、
大道具の三木、大隈。
いずれも増田によく激をとばしていた人物たちだ。
そんな彼らが、妙に話しにくそうにもじもじしている。
はじめてみるそんな姿に、増田は思わず目を見開いた。
「付き人クン…じゃない…えっと…。」
「あ…増田です。」
「あ、そーだ、増田くん…。」
名前を呼ばれるのも、これが初めて。
けれど斉木の口から発せられたのは…意外な言葉で。
「もう、その…裏には…来ないの?」
「…え。」
「いやその…寂しくなるなって思って…。」
びっくりして言葉を返せない増田に、斉木は慌てたように言い募る。
「いや…君がタレントさんなんだってことはその…分かったんだ。でも、せっかくここまで一緒にやってきたんだから、最後まで一緒にやれないのかなって…あ、でも…ごめん、気にしなくていいから。」
「あ、あのっ…!!」
増田が何か言おうとするより早く、男達は照れたように逃げてしまって。
呆然とする増田の背後で、水城がくすくすと笑う。
「意外に純でカワイイオジサンたちでしょ?」
「…え…?」
「あたしたち…仕事のときは全然妥協できないし、なあなあではやってられないから、お互い野次飛ばしあって当たり前みたいなところがあるのよね。」
それは彼らの仕事ぶりを見ていればよく分かる。
それだけ真剣なのだ
それだけ妥協ができないのだ。
「でもね、お互いにいいもの作りたいって思ってるからそうなるんだって分かってるの。だから口では何言っても根本的には信頼しあったりしてるのよ。」
それも、よく分かる。
増田は黙って頷いた。
「昨日…君が来なかったときね、あんなガタイのいいオジサンたちが、『身体でも壊したんだろうか』なんて顔寄せ合って心配してて可笑しかった。…でもあのオジサンたちの気持ちの中では、君はもう、大事な仲間の一人なのよ。タレントであろうが、付き人であろうが…関係なくね。」
ぐっと、胸が熱くなった。
ああ、
本当に、よかった。
彼らの気持ちに、
彼らの想いに、
早く気づいけて、よかった…。
撮影終了まで、あと3日ある。
残りの時間を大切に大切に過ごしたいと、
今なら…そう思う。
「水城さん…あの、俺…。」
「…え?」
「斉木さんたちに…何か手伝うことないか聞いてきます。」
増田の言葉に、水城はにこりと笑った。
見たこともないほどに、優しく…。
「そうね…そうしてあげて。」
「はい。」
増田は勢いよく頷くと、ぱたぱたと男達の方に走っていく。
最後に水城がぽつりと呟いた一言を、知る由もなく。
「ちなみに私は最初から知ってたけどね…NEWSの増田くん.。貴方のやった武蔵、けっこう好きだったから…。」
撮影所からの帰り道。
もう薄暗い道を2人で歩きながら、手越がおもむろに口を開いた。
「知らなかった…まっすーが裏方で働いてたなんて…。」
別に隠していたわけではないのだが…増田は何も言い返せず、苦虫をつぶしたような表情を返す。
「言ってくれればいいのに…ホント、まっすーってくろ担だよね。」
でもきっと言えないよねまっすーは…と付け加えて、手越は増田の腕にしがみついた。
そして視線を地面に落としたまま、小さく小さく呟く。
「まっすーごめんね。」
手越の重みと温かさを感じながらも、増田は何も言えなくて。
「俺のために働いてくれてたのに、俺、我侭いっぱい言って。」
「…手越…俺は…」
「ねえ、…まっすー。」
増田の言葉を遮るように、手越がまた口を開く。
「こういうことって、前からよくあったよね。ほら、NEWSに入ったばっかりのころ、俺とまっすーが一括りみたいだったじゃん…あの時から…。」
「何か…あったっけ?」
心底分からないといったように呟く増田に、手越はもう…と溜息をついた。
「俺が入ったばっかなのに生意気で、先輩達に反感かってさ…なのにまっすーが代わりに文句言われて、でもそんなこと、俺は全然知らなくて。」
ああ…と増田は小さく呟く。
確かにそんなこともあった。
でもそれは、増田にとってはほんの些細なことで…。
「…別にそれはお前が生意気だったからじゃなくて、単に抜擢されたお前が気に食わなかった奴らがいたってことだろ?」
「どっちにしてもだよ…あの時もまっすー、黙って俺のこと支えてた。何も言わず、笑顔で耐えながら…俺、そんなまっすーに、ずっと甘えてきた。」
困ったような増田の表情に、やっと手越は視線を向けて。
おもむろに大きく息を吸い込むと、きっぱりと言い放つ。
「俺、頑張るから。」
手越の大きな目が、いつもより輝いて見えて、
増田は思わず、その目に釘付けになった。
「俺もまっすーみたいに、誰かの辛さを背負えるようになりたい。」
手越の言葉に、増田は「そか…」と小さく頷く。
自分がそんな大層なことをしているとは思わないが、
手越の気持ちは、大切にしてやりたかった。
「でも今の俺は何にもできないから、まっすーに歌ってあげる。」
手越らしい…と増田はくすくす笑って応える。
「何歌ってくれるの?」
「えっとね…『ごみ箱』。」
「…『ごみ箱』?」
「そう…今、春コン用にシゲと作ってるの…まだ未完成だけど、できたらまっすーにあげるね。」
増田はそっと頷いて、
そして手越の歌声に、黙って耳を傾けた。
気がついたときから
君は近くにいた
何も言わず耐えながら
僕を支えてた
安物のくせに君の包容力に
いつの間にか 人知れず
助けられてたんだ
好きなものだけを集めて
キライなものは捨ててきたけど
捨ててきたものたちはもう
戻ってこない
哀しみで君を 溢れさせて
涙が零れそうな時でも
拭いてくれたよね
でもこれからは僕が
誰かの悲しみの
はけ口になるから
「歌ってたら、シゲが恋しくなっちゃった。」
悪戯っぽく笑う手越に、増田も笑って頷いた。
「シゲだけじゃない…みんなきっと待っててくれてるから…早く、帰らなきゃね。」
「そだね…早く、帰ろ。」
増田と手越はじゃれあいながら道を急いだ。
心配させてごめん
いろいろ助けてくれてありがとう
もう大丈夫
2人とも、頑張れる
今のこの気持ちを、どんな言葉で伝えようかと…
そればかりを考えながら。
少し遅れて入ったスタジオ。
たくさんの光の中に、2人に笑顔を向けてくれる6人の姿がある。
「…お帰り、まっすー、手越。」
言いたいことはたくさんあるけれど、
当たり前のようにかけられたこの言葉に、今は応えたくて…。
「…ただいま。」
当たり前のように返す、大切な言葉を噛み締めて。
そうして2人は、仲間に向かって駆け出した。
そう、ここが僕らの
還るべき場所。
還るべき場所/END