妊婦たらい回し 救急医療体制の整備急げ
背景に産科医不足 公明、厚労相に緊急申し入れ
教訓生かせず
命を代償に得た教訓がなぜ生かされなかったのか。事件の痛ましさに怒り
を禁じ得ない。
奈良県で妊娠中の女性が、多数の病院に相次いで受け入れを拒否され
た末に救急車内で死産した。同県では昨年(2006年)8月にも、分娩中に
意識を失った妊婦が19もの病院を“たらい回し”にされ、搬送先の病院で死
亡する事件があった。
「この1年間、何も変わっていない」。死亡した妊婦の夫が語る怒りの声を、
国や自治体、医療現場は真剣に受け止め、広域的な連携強化やドクターヘ
リの配備など、産科救急医療システムの整備を急がなければならない。
今回、女性は未明に出血し、通報を受けた消防は奈良県立医大病院に受
け入れを要請した。当直の医師は2人、空きベッドも2床あった。だが、病院
側は宿直医が診察中などの理由で要請を3回にわたり断ったという。
医大病院の対応についてはその後、窓口の職員と医師の意思疎通が十分
でなかったことが明らかになりつつある。3回目の要請の際には、「患者の状
態を聞く限り、治療対象ではない」との“判断ミス”もしていたようだ。
なぜ、このようなお粗末な対応となったのか。
同日午後、記者会見した県は「(医大病院の)対応はやむを得なかった」とし
たが、これでは説明にはならない。痛みに苦しむ患者の側に立った発言とは
思えない、との感想を抱いた人も少なくないはずだ。舛添要一厚生労働相が
荒井正吾奈良県知事に対し、「奈良県は産婦人科病院の連携ができていな
いのでは」と注文をつけたのも当然といえよう。
女性はその後も八つの病院に断られ続け、やっと見つかったのが40キロ
離れた大阪府高槻市の病院だった。119番通報から3時間も経過していた。
もっと早く対応ができていれば胎児は助かったのでは、との悔いは尽きない。
妊婦の“たらい回し”は奈良県だけで起こっているわけではない。同様の事
態は首都圏など大都市圏でも常態化している。
背景にあるのは深刻な産科医不足と、それに伴う病院の産科撤退だ。産科
医は2004年までの10年間で7%減少し、出産を扱う医療機関も05年までの
12年間で1200施設も減っている。地方では産科医ゼロの空白地帯もある。
若手産科医の輩出・育成など将来を見据えた中長期的対策と、現下の産科
医不足に対応した当面の対策とを、ともに求め、ともに確立する必要がある。
今回の事件を受けて、公明党の太田昭宏代表らが舛添厚労相に対して
行った「妊産婦の緊急受け入れ体制の整備と産科医不足対策に関する申
し入れ」は、まさにこの視点に立ったものだった。(1)ドクターヘリの配備促進
(2)救急医療における連携のためのネットワークづくり(3)診療報酬面での
改善――など、当面の対策と時間をかけて取り組むべき対策とを具体的に
提示し、その実現を迫った。「省を挙げて対応する」旨を約束した厚労相の
手腕に期待したい。
民主主義を懸けて
今回の事件に関連して危機管理の専門家は、「先進民主主義国とは政府
が一人の国民の命もゆるがせにしない仕組みを持つ国家だ」と語っている。
「安心して子どもを産める社会づくり」(太田代表)とは、民主主義を懸けて取
り組むべき高度の政策課題であることを自覚したい。
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