
| 米子市美術館・山下清展(’17.5.10) |
| 米子市美術館へ山下清展を鑑賞に行きました。10年近く前にも倉吉博物館で鑑賞したことが有り、
そのちぎり絵の緻密さ、特に花火の作品が印象的でした。今回はちぎり絵だけでなく、ペン画や水彩画もたくさん展示されました。
ペン画はマジックペンで描かれたようですが、線の太さが一定で、形も滑らか、水彩画もちぎり絵の延長で細かい点や線の描きかたが実に
見事です。驚異的です。ロンドンの「タワーブリッジ」やパリの「エッフェル塔」など鉄骨の1本1本まで描かれていて驚嘆の
一言です。感激的な名画ばかりでした。 話は少し外れますが、タワーブリッジはテムズ川に掛っている可動式の橋で、山下さんは橋が 跳ね上がるまでじっと待っていたそうです。可動式の橋は東京・隅田川に掛る勝鬨橋が有名ですが、今は可動式を止めているようですし、中海の江島大橋も前は 回転式の可動橋でしたよね。いまは「べた踏み坂」として有名になっています。テムズ川にはも一つ「ロンドンブリッジ」がありますね。 「ロンドン橋落ちた、落ちた、落ちた・・」で知られる民謡や、60年ぐらい前に米女性歌手:ジョー・スタッフォードが歌った 「霧のロンドンブリッジ」というヒット曲がありました。この「ロンドン橋」は今まで何度も落ちているそうです。 「落ちる」という英語の表現もいろいろで、「ロンドン橋落ちた」は「broken down」と「folling down」の2種類有るし、 「霧のロンドンブリッジ」の方は「tumbling dowm」となっていて、いかにも「激しく崩れ落ちる」ような表現ですね。 清さんの絵から外れてしまって失礼しました。 |
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| 歌声サロン・弥生の風(’17.4.19) |
| 2年半ほど前の2014年・平成26年11月に日本海新聞の投書欄に私の投稿した文章が掲載されました。
その月の「テーマ」が「歌」ということで、私の投稿文は「SPで聞いたあの曲の記憶」というものでした。同じ月に「心のオアシス歌声喫茶集う」
という「Mさん」からの投書がありました。50年以上前の20代のころ何度か「歌声喫茶」に通ったのを思い出しました。同じMさんのの投書が今年H29年2月に掲載されました。
内容は「歌声サロン・弥生の風」についての紹介です。4月になってから代表者と思われるMさんのの電話番号を調べ、最初にその歌声サロンに
伺ったのが4月19日(水)でした。童謡、唱歌以外にもS30年代の歌謡曲・「黄昏のビギン」や「東京アンナ」なども歌いました。伴奏はディスクのカラオケや
キーボードです。S30年代の歌謡曲はレパートリーとしては得意中の得意!!楽しく13曲、1時間半ほど歌いました。 これまで、いろんな所で歌う会に出ていますが、概して 男性の割合が1割以下なのですが、ここでは3割ぐらい男性の方が居られます。 原則として第1、3 の水曜日ということで、これからも出来る限り歌いに行きたいと思っています。 |
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| 「山陰歴史館」 『写真が語る 米子の歩み』 |
| 米子市立山陰歴史館でタイトルの写真展が開催されました。明治12年(1879年)から昭和57年(1982年)までの写真や、 絵葉書、地図、物品などの資料が展示されました。 中でも目を引いたのは、城山から見た米子市の写真、5mぐらいありそうな、どでかい写真です。古い地図、新旧日野橋、役場などの公共施設、市内電車、商店街、学校、 米子の小路などなど。約300点の展示でした。残念ながら、この企画展は撮影禁止、ここの写真はありませんが、2階の常設展示のほうで、少々撮影しました。 |
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| 会場の米子市立山陰歴史館をバックに立て看板。米子市役所の北側の国道9号線沿いにあります。 |
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| 「米子の昭和の農家のくらし」の展示室です。囲炉裏や炬燵、農家には何処の家にも有った物ですね。 | 小学校の教室。黒板に木の机、オルガン。ショーケースには、昔の教科書なども。 | 浜絣資料室・今の製品では弓浜絣でしょうか。絣の織機などが並んでいます。 |
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「伯耆 大野 大山遠望」ですが、今の地図での地名には「大野」は見当たりません。「大字」までしかありませんね。 「小字」は遺跡発掘調査の地名では普通に使われますが、一般的には 使われていません。「大野」という地名からまず浮かぶのは「大山町 鈑戸(たたらど)」のレークホテル横の「大野池」ですね。ところがここは大山の真北で 大山の北壁しかみえず、左右対称の大山は伯耆町からのものですね。右に杉らしい木立と田植え風景。「広重」が歩いて写生したとなると「出雲街道=今のR181」 から近い地域になりますね。そうすると「大寺」「殿河内」「大殿」あたりが場所としては一番らしい・・と思いますが。この辺に「小字 大野」ってありますか? 数年前に米子市美術館でこの絵も含めた展覧会があったのでこの絵のリーフレットを持っています。展覧会の会場で説明員に聞いたのですがわかりませんでした。 |
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ロビーに置いたあった懐かしの45回転EPレコードです。藤本二三代さんはS31年にレコードデビュー、S32年にはフランク永井の 「有楽町で逢いましょう」のB面で「夢みる乙女」がヒット、 翌年にこの曲で紅白歌合戦に初出場しました。この後、4回連続出場しています。翌年にフランクの「有楽町0番地」のB面「好きな人」、 S35年、マヒナ・スターズと松尾和子の「とってもたのしくしてあげましょう」 のB面「花の大理石通り」。 「大理石(マーブル)通り」は大阪、心斎橋筋が白(或いは薄いベージュ)と黒の幅広ウェーブ模様のストリートだった時代です。どうも今は「マーブル通り」 は無くなっているようです。東京の「銀ブラ」に対して大阪の「心ブラ」と言われていました。通りに面して大丸、そごうのデパート、おしゃれな商店街があったころの歌です。 お母さん(父親の後妻)は芸者出身の「藤本二三吉」。昭和初期に「祇園小唄」、中山晋平の新民謡「三朝小唄」などを吹き込んでいます。 |

| 昨年(2015年)3月場所で鳥取市出身の「石浦」が十両に昇進しました。これは鳥取県出身の力士としては1962年 (昭和37年)7月場所で倉吉出身の「琴櫻」が十両昇進を果たして以来、 53年振りの快挙なのです。多分、それを記念して開催された展示会だと思われます。とにかく、鳥取県では近年、関取(十両以上)になる力士が殆んど無く、 幕内力士としてはそれを又、20年さかのぼる1942夏の、鳥取市 気高町出身の「因州山」が十両に昇進しています。入幕は「因州山」が1946年、「琴櫻」が1963年です。もし、「石浦」が今年、2016年入幕出来れば、 これまた53年振りの出来事です。これからの石浦関に期待しましょう。 |
| 会場の鳥取県民体育館は布勢総合運動公園の中、野球場のすぐそばです。展示は体育館のロビーで開かれました。目玉は新十両の 「石浦関」と、新入幕で日の出の勢いの「逸ノ城」、倉吉出身の「横綱 琴櫻」でした。結構古い江戸時代の錦絵パネル、相撲関係 の本や雑誌、相撲用具、力士の手形などが展示されていました。私は60年前の中学生時代からの相撲ファンで、どれも興味ある展示物でした。お土産プレゼント に持参したのは、何故か持っていた1960年(昭和35年)5月場所の番付です。下欄で紹介します。 暫く後に鳥取県体育協会 会長の「油野利博様」からご丁寧なお手紙と「石浦土俵入り」の絵葉書を頂きました。「石浦」「琴櫻」についても下欄で紹介します。 |
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| 鳥取市出身の「石浦」は鳥取城北高〜日本大学〜2013年(平成25年)1月に初土俵を踏みました。展示会を見学した2015年 (平成27年)3月8日(日)に初日を迎えた3月場所に見事十両力士としての土俵に立ちました。左下手投げを決め技に、平成28年1月場所も途中、 怪我をしたにもかかわらず、千秋楽に勝って、8勝7敗と勝ち越しました。相撲協会のアンケートで勝った日には「敢闘精神あふれる力士・十両」で総て1位か2位に ランクされています。観客へのアピールは抜群なのですね。 最初の化粧まわしは母校から贈られた「麒麟獅子に角輪紋」という華やかで格調高いものですね。麒麟獅子は鳥取地方の無形文化財指定の獅子舞で、頭は金色で1本角を 付けています。角輪紋は鳥取藩池田家の家紋で、因幡国と伯耆国の二つを現したものとも言われています。 この写真は12日目(1月21日)の土俵入りのもの。テレビ画面からの撮影です。手形の色紙は展示会で展示されていたものです。 |
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| 53代横綱 琴櫻は鳥取県倉吉市出身。1940年(昭和15年)生まれで、私と同い年なんです。初土俵:昭和34年1月場所 (この欄は昭和年号で書きますね) 十両:昭和37年7月場所 入幕:昭和38年3月場所 大関:昭和42年11月場所 初優勝:昭和43年7月場所 横綱:昭和48年3月場所 引退:昭和49年 7月場所 幕内優勝:5回です。引退後は年寄・白玉 その後「佐渡ケ嶽」を襲名、同時に佐渡ケ嶽部屋を継承しました。 倉吉市内に銅像が建てられています。現在の佐渡ヶ嶽親方は元「琴の若」で娘婿に迎えられています。現・佐渡ヶ嶽親方の子息:琴櫻の孫「琴鎌谷」が、2016年 1月場所で序の口優勝を果たしており、幕内優勝の琴奨菊(2006年・平成18年の栃東以来、10年ぶりの日本出身力士の優勝)と合わせて、倉吉では祝賀ムードだったようです。 私事ですが、琴櫻さんの妹さんが亡妻の中学の同級生と結婚されて、ペンションに来られたことがありました。掲載の雑誌の写真は展示品です。 |
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| 鳥取県出身の「荒岩亀之助」は初代〜4代目まで4人居ます。初代・荒岩亀之助は何と今の米子市下安曇(しもあずま)の出身、
我が家から車で数分の法勝寺川支流の近く、青木団地の南側の集落です。
ここには墓碑が残っています。生没年は1776年(安永5年)〜1807年(文化4年)、優勝相当成績(優勝制度が制定されたのは明治42年です。以下、相当成績
を「優勝」と記します)1回:1802年(享和2年)。この「享和」という年号は「寛政」と「文化」に挟まれた、わずか3年間の年号です。寛政時代、文化時代には、
あの雷電為右衛門が何回も優勝している時期です。荒岩が優勝したときは雷電は不出場で番付外となっています。
だから、優勝できた?最高位は小結で後に「千田川善太郎」と改名しています。墓碑はその「千田川善太郎」の銘になっています。墓石は、汚れて苔むしていて「千田川」
は何とか読めますが、「善太郎」はどうにも読めない状態でした。たわしや竹べらなどで掃除すれば読めるかもしれませんが、お花などお供えしてあって、地元の文化財
扱いみたいなので、うっかり掃除も出来ませんよね。「千田川」は現在、年寄名に成っていて、「元・小結 闘牙(とうき)」が名跡を継いでいます。2代目は旧・八東町(現・八頭町)3代目は旧・船岡町(現・八頭町)出身です。
4代目の「荒岩亀之助」は西伯郡大山町豊房出身で明治後期の大関です。化粧まわしは「角輪紋」ですね。身長170cm、体重131kgということで、今の 「石浦関」を少し小太りにした体形です。得意技が蹴手繰り、掬い投げ、下手投げ、という取り口も「石浦」に似ています。 石浦に「6代目荒岩」を継いでもらいたい気持ちです。記念碑が大山スキー場登行リフト乗り場のすぐそばにあります。詳しくは「おもしろ看板・建造物」⇒ 「大山町出身・大関荒岩の記念碑」をご覧下さい。 鳥取県出身の荒岩はこの4人ですが、実はもう一人昭和30年代に「荒岩亀之助」を名乗った力士が居ます。あの「土俵の鬼」初代若乃花の弟弟子の「若ノ海」 (秋田県出身 花籠部屋)という力士です。4代目荒岩が引退して「花籠親方」になったのですが、若乃花も若ノ海も「花籠部屋」の力士です。「荒岩」に改名したのは S32年1月で7場所だけ「荒岩」を四股名にしていましたが、S33年5月からは元の「若ノ海」に戻しています。5代目と呼んでいいのかどうか迷いますね。 |
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現役、後続 併せて横綱10人の珍しい番付 |
| この番付はとても珍しい番付なのです。表題に示したように現役横綱が44代栃錦 45代若乃花 46代朝汐 後に横綱になったのが
47代柏戸 48代大鵬 49代栃ノ海 50代佐田ノ山 51代北の富士 52代玉の海 53代琴櫻の10力士が、番付の格段にほぼ、横綱になった順に載っているのです。
多分これは空前絶後では無いでしょうか。しかも、この場所を最後に大正生まれの「栃錦」は引退します。だから次の場所では横綱は9人になります。53代琴櫻の後の54代目は「輪島」です。
琴櫻より7歳ぐらい年下なので番付に載る頃は「朝汐」「若乃花」は引退していたと思います。 もう一つ珍しいのは西の「横綱朝汐」の格付けが「横綱・大関」 成っている事です。これは多分他にも例があると思います。東の大関が「琴ケ濱」ですが、西には大関が居ません。朝汐が横綱と大関を兼任していたわけです。 前記の「5代目 荒岩」の「若ノ海」は、もう荒岩名を返上して、西前頭3枚目に載っています。なぜ、この番付が手元に有るのか、はっきりした記憶は無いのですが、 まだ、準本場所だった「名古屋場所」を観戦に行って、その時に買ったのでは無いかと思います。56年も前の番付をよくも残しておいたものですね。番付の大きさは横423mm 縦572mmで ほぼ、A4用紙4枚分です。 |
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| 西十両20枚目納谷改メ 大鵬幸喜 西十両16枚目 前名・花田茂広=栃ノ海 | 西横綱大関 朝汐太郎 | 東前頭4枚目 柏戸剛 東横綱 栃錦清隆 東張出し横綱 若乃花幹士 |
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| 西序ノ口27枚目 前名・玉乃島正夫=玉の海 | 東序二段93枚目 琴櫻紀雄 | 東三段目93枚目 前名・竹美山勝昭=北の富士 | 西幕下23枚目 佐田ノ山晋松 |

23th100曲マラソン・・うたごえ合唱・・童謡講座 |
| 昨年(2015年)は、3種類の「みんなで歌う催し」に参加しました。どれも、ステージと客席が一体になって歌う催しです。 |
2015.6.25 とりぎん文化会館 梨花ホール |
| 鳥取県は「童謡・唱歌のふるさと鳥取」ということで、ほぼ、毎年開催されています。鳥取県出身の著名な作曲家としては「ふるさと」「おぼろ月夜」の『岡野貞一』、 「大黒さま」「一寸法師」の『田村虎蔵』が居られます。日本人なら誰もが知っている歌ですよね。 昨年は「ふるさと」誕生100年ということで、いろいろなイベントがありました。私がこの「100曲マラソン」に参加するのは2004年の第15回からです。この参加が7回目です。 鳥取県の西部にある私の家から東部にある鳥取市の会場まで、初めの頃は2時間かかっていたものが、最近は1時間半ぐらいで行ける様になりました。山陰道が少しずつ整備されてきたお蔭です。 ステージには合唱グループ、保育園児童などが3〜4曲ずつ歌って客席の人とみんなで歌います。この時の1曲目は「靴が鳴る」、最後の100曲目は、いつでも「ふるさと」です。100曲歌い終わるのは約3時間です。 これからも都合が付く限り参加しようと思っています。 |
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![]() | うたごえ運動は1955年、昭和30年頃に新宿にうたごえ喫茶「カチューシャ」 「ともしび」などが誕生し、ステージにリーダーとアコーディオンなどの伴奏があがり、客席の人に歌唱指導しながら歌うものでした。曲目は「ふるさとの街焼かれ・・・」の『原爆を許すまじ』などの反戦歌、 『がんばろう』などの労働歌、「りんごの花ほころび・・」の『カチューシャ』、「夜霧の彼方に別れを告げ・・」の『ともしび』などのロシア民謡、その他『かあさんの歌』『もずが枯れ木で』など、うたごえ喫茶で覚えた 歌もたくさんあります。私も学生時代過ごした名古屋で、友達と数回は通いました。このステージはいまだに活動を続けている「ともしび」のスタッフの指導で開催されました。最近は、フォークや歌謡曲なども取り上げられているようです。 この日に歌われた曲名は「上を向いて歩こう」「ゴンドラの歌」「白いブランコ」「世界に一つだけの花」「翼をください」「ともしび」など歌本から18曲、 番外で「夏は来ぬ」「花は咲く」「ふるさと」などの5曲でした。 |
| この童謡講座はおよそ毎月第2月曜日に開かれています。原則としてはステージでの歌唱と指導が「寺岡利雄先生」です。声域はバスの方で、折に触れて発声のこと、強弱などの 感情表現なども指導してくださいます。年に1回、特別講座ということで、’15年は童謡、唱歌で著名な「眞理ヨシコさん」をお迎えして童謡コンサートがありました。毎回1時間15分、15曲ぐらいですがですが、楽しく歌っています。 このたびの曲は冬をテーマにした曲が多く、「たき火」「浜千鳥」「冬の星座」「冬景色」「雪の降る街を」「寒い朝」「昴すばる」などの15曲でした。 |
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山本高樹×安部朱美・・安野光雅・・篠山紀信 |
| 昨年(2015年)は、3つの美術展覧会を鑑賞しました。ジオラマ、創作人形、絵画、写真となかなかバラエティに富んだ鑑賞になりました。 |
![]() | 安部朱美1950年 鳥取県南部町出身(私の住んでいる伯耆町の西隣の町)の創作人形作家です。 ここでは、家族で過ごす茶の間、まりつき、焚き火、チャンバラ、など優しい表情の人々が作られています。時代は昭和30年ぐらいまでの暮らしでしょうか。「二十四の瞳」も大石先生をかこんだ12人の子供たちも展示されていました。 |
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「わらべ館」での『記念コンサート』と 「とりぎん文化会館」『22th 100曲マラソン』 |
| 今年は、唱歌の名曲である「ふるさと」が1914年(大正3年)6月18日に誕生して100年になります。鳥取県や鳥取市では「童謡・唱歌のふるさと鳥取」として様々なイベントが計画されています。 ジャスト100年目のこの日・2014年(平成26年)6月18日に表題のイベントが行われました。 私も歌大好き人間で、歌いまくろうとこの二つのイベントに参加しました。 ここで、唱歌「ふるさと」100年のあゆみを振り返っておきましょう。 |
1.明治末期に作詞家・高野辰之 作曲家・岡野貞一 共に文部省小学校唱歌の教科書編纂委員となる。高野辰之は作詞委員、岡野貞一は作曲委員に任命される。 2.1914年(大正3年)6月18日 文部省唱歌として「ふるさと」が「尋常小学唱歌 第六学年用」で発表される。 作詞、作曲者名は公表されず、「文部省唱歌」となり著作権は文部省の保有となる。 3.1967年(昭和42年)日本音楽著作権協会が「岡野貞一作曲」と認定し、その6年後に「高野辰之作詞」と認定する。 4.1989年(平成元年)「日本のうた ふるさとのうた」全国実行委員会が『明日へのこす心の歌100曲』を選定し、「赤とんぼ」に次ぐ第2位に「ふるさと」が選ばれる。 5.1992年(平成4年)高野辰之、岡野貞一の名前が「ふるさと」の作詞作曲者として初めて教科書に掲載される。 6.2007年(平成19年)文化庁などが選定した『親子で歌いつごう 日本の歌百選』に「ふるさと」が選ばれる。詳細はこちらに掲載。 7.長野オリンピックや東日本大震災復興コンサートなどで世界的な歌手による「ふるさと」の歌唱があり、世界的な唱歌と認定された感がある。 |
![]() 山陰道が部分開通してきて、我が家から1時間30分余りでわらべ館に到着しました。コンサートは10:30開始で、まだ30分余り時間が有りましたので、館内を見学しました。3階と2階はおもちゃの部屋で、古今のいろいろなおもちゃが展示してありました。 1回が童謡の部屋です。ここでは鳥取県出身の作曲家・岡野貞一、田村虎蔵、永井幸次らのパネルや、楽譜、教科書などの展示、「ふるさと」100年ののあゆみのパネル、なつかしの木造教室などがあります。コンサートホールは2階からゆるい下り廊下を通って、 別棟の円形建物です。コンサートでは、岡野貞一作曲の作品を中心に、19曲が歌われました。小椋美香子さんの歌唱、岡野貞一の出身校である修立小学校の生徒たちの合唱などでした。19曲のうち、私の知らない歌が、10曲あり、余り有名では無い曲も含まれていました。 |
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| わらべ館入り口付近。中央に見える建物がコンサートホール | 木造教室には木の机、教卓、オルガンなどが有ります。 |
![]() 100曲マラソンに参加して歌うのは2004年、06年、07年、09年、10年に続いて6回目です。2011年から3年間は開催が中断されていましたので、この企画も私自身も4年ぶりの参加です。 今回は歌えなかった曲が100曲のうち9曲ありました。歌えなかった曲は、他で聴く機会がまず無い曲なので次回にも歌えそうもありませんね。毎回フィナーレは「とっとり童謡唱歌の会会長」鈴木恵一先生のタクトで「ふるさと」です。この日も会場に 響き渡る大合唱になりました。次回もなんとか参加したいものです。 |
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| とりぎん文化会館入り口付近。100曲マラソンのたて看板が見えます。 | 鈴木先生のタクトでステージ、客席が一体になった「ふるさと」の大合唱 |
| 1 | 靴が鳴る | 26 | うみ | 51 | ずいずいずっころばし | 76 | 星の界(よ) |
| 2 | 里の秋 | 27 | とんぼのめがね | 52 | 通りゃんせ | 77 | ピクニック |
| 3 | つきの砂漠 | 28 | 朝はどこから | 53 | 桃太郎 | 78 | 緑のそよ風 |
| 4 | コスモスの花 | 29 | 春の小川 | 54 | 花咲爺 | 79 | シャボン玉 |
| 5 | 風とあくしゅ | 30 | 夕やけこやけ | 55 | 森のくまさん | 80 | 思い出のアルバム |
| 6 | ここはふるさと | 31 | 大きな古時計 | 56 | お猿のかごや | 81 | とんがり帽子 |
| 7 | 夏は来ぬ | 32 | 大黒さま | 57 | 花のまわりで | 82 | もみじ |
| 8 | 月見草の花 | 33 | 海 | 58 | おぼろ月夜 | 83 | 故郷の空 |
| 9 | 赤とんぼ | 34 | 肩たたき | 59 | おもちゃのチャチャチャ | 84 | 線路は続くよどこまでも |
| 10 | 神様といつも一緒 | 35 | 埴生の宿 | 60 | 手のひらを太陽に | 85 | エーデルワイス |
| 11 | かたつむり | 36 | 青葉の笛 | 61 | 青い目の人形 | 86 | ローレライ |
| 12 | ドレミの歌 | 37 | 荒城の月 | 62 | かもめの水兵さん | 87 | ぞうさん |
| 13 | 大きな栗の木の下で | 38 | 早春賦 | 63 | おお牧場はみどり | 88 | たのしいね |
| 14 | 山の音楽家 | 39 | 小さな木の実 | 64 | うれしいひなまつり | 89 | 砂山 |
| 15 | たき火 | 40 | 花 | 65 | 茶つみ | 90 | 児島高徳 |
| 16 | ふじの山 | 41 | どこかで春が | 66 | 村まつり | 91 | みかんの花咲く丘 |
| 17 | あめふりくまのこ | 42 | 雨降りお月さん | 67 | 鯉のぼり | 92 | 赤い靴 |
| 18 | 南の島のハメハメハ大王 | 43 | まりと殿様 | 68 | 夏の思い出 | 93 | スキー |
| 19 | 小さな世界 | 44 | 冬景色 | 69 | 旅愁 | 94 | しょうじょう寺の狸ばやし |
| 20 | 幸せなら手を叩こう | 45 | 春が来た | 70 | 一年生になったら | 95 | 金太郎 |
| 21 | ペチカ | 46 | 浜辺の歌 | 71 | かわいい魚屋さん | 96 | やぎさんゆうびん |
| 22 | 花の街 | 47 | 冬の星座 | 72 | たなばたさま | 97 | いぬのおまわりさん |
| 23 | さんぽ(”となりのトトロ”より) | 48 | 牧場の朝 | 73 | 汽車 | 98 | サザンカ咲いた |
| 24 | ふしぎなポケット | 49 | 森へ行きましょう | 74 | わか葉 | 99 | 五一じいさん |
| 25 | 久松保育園・園歌 | 50 | こいのぼり | 75 | 我は海の子 | 100 | ふるさと |
| とうちゃんのお宝3・SINGING:50年前の手書き歌本 |
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| 50年の時を経てボロボロになった3冊の手書き歌本「SINGING T〜V」 |
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| 手元に50年の時を経て茶色に変色し、インクの文字も色あせてボロボロになった手書きの歌本3冊があります。A6版のはがき大の小型ノートです。高校に入った頃、S31年〜35年の時代に好きだった流行歌の歌詞を書いた「SINGING T〜V」です。、懐かしい歌ばかりなのでチョッと歌ってみたいけれど、 ページをめくるとポロポロ千切れてくるし 何とかしようと思い立って、全頁をスキャナーで読み込み、A4の紙に4曲ずつプリントしました。当時は、低音ブームで「フランク永井」「石原裕次郎」「三船浩」が御三家的存在。少し遅れて「神戸一郎」「水原弘」あたりでしょうか。ロカビリーブームもこの頃です。 都会的なスローバラード系の歌が多く、とても新鮮に聞こえました。昨年亡くなった 「フランク永井」が一番好きだった歌手ですね。この春になって、BS放送で特集があり、「有楽町で逢いましょう」以前の、今まで余りCDも出回っていなかった歌も収録されたCDをネットで購入して楽しんでいます。「場末のペット吹き」「たそがれシャンソン」「街角のギター」「初恋の山」等、 全て我が歌本にも入っていますが、50年ぶりに聞きました。脚本家の大家「ジェームス三木」の歌手時代を知っている人も殆どいないと思いますが、これも「月に踊る天使」「東京ランデブー」の2曲が歌本に入っています。こちらはスローバラードよりも少しリズム感のある「ロッカバラード」という歌い方でした。 原本はビニール袋に入れて、大事に「永久保存」します。 |
| 2007 童謡・唱歌のふるさと鳥取 |
| 6月29日に鳥取県民文化会館・梨花ホールで開催された催しに行ってきました。34の団体がステージに立ち、2〜3曲ずつ歌い、会場の皆も一緒に歌い、100曲を歌うのです。約3時間半を歌い続けます。
歌を歌うことが大好きなので、楽しみなイベントでしたが、生活の基本は遺跡調査の仕事なのですが、日数調整休みを取って参加、歌いまくってきました。「ふるさと」などの作曲で知られる岡野貞一が鳥取市の出身で、鳥取県は「童謡・唱歌のふるさと」ということになっています。 他に鳥取県出身の作曲家では「大黒様」の田村虎蔵、「五一じいさん」の永井幸次、 「げんげ草」の鈴木義昶などの歌も入っています。 下の表に上記作曲家の作品を色分けしておきました。なお、僕の歌えなかった歌は赤文字で、今回は7曲でした。 |
| 1 | 赤い靴 | 26 | おもちゃのチャチャチャ | 51 | あの町この町 | 76 | 子鹿のバンビ |
| 2 | 月の砂漠 | 27 | 故郷の人々 | 52 | 朧月夜 | 77 | 線路はつづくよどこまでも |
| 3 | 南の島のハメハメハ大王 | 28 | ローレライ | 53 | 鯉のぼり | 78 | 風とあくしゅ |
| 4 | ドレミの歌 | 29 | 大きな古時計 | 54 | 夏は来ぬ | 79 | 浜千鳥 |
| 5 | 小さな世界 | 30 | 赤とんぼ | 55 | 小さな木の実 | 80 | 花 |
| 6 | だいだいだいぼうけんのうた | 31 | 故郷の廃家 | 56 | 牧場の朝 | 81 | まっかな秋 |
| 7 | だから雨ふり | 32 | やしの実 | 57 | たなばたさま | 82 | ゆうやけこやけ |
| 8 | アイアイ | 33 | かわいいかくれんぼ | 58 | 海 | 83 | お山の杉の子 |
| 9 | 森のくまさん | 34 | 野中のばら | 59 | かもめの水兵さん | 84 | どこかで春が |
| 10 | さんぽ(「となりのトトロ」より) | 35 | 花の街 | 60 | 旅愁 | 85 | 故郷の空 |
| 11 | めだかの学校 | 36 | 夏の思い出 | 61 | はなび | 86 | みかんの花咲く丘 |
| 12 | 春よ来い | 37 | 花嫁人形 | 62 | 故郷をはなるる歌 | 87 | 春の小川 |
| 13 | 冬の星座 | 38 | 浜辺の歌 | 63 | こいのぼり | 88 | エーデルワイス |
| 14 | 七つの子 | 39 | 小さい秋みつけた | 64 | 朝はどこから | 89 | 森へ行きましょう |
| 15 | 幸せなら手をたたこう | 40 | まりと殿様 | 65 | 大黒様 | 90 | 早春賦 |
| 16 | お猿のかごや | 41 | もみじ | 66 | 里の秋 | 91 | 青葉の笛 |
| 17 | 村まつり | 42 | かあさんの歌 | 67 | ゆりかごのうた | 92 | げんげ草(歌えない) |
| 18 | 牛若丸 | 43 | 星の界 | 68 | 花のまわりで | 93 | 茶つみ |
| 19 | 雨ふりお月さん | 44 | おおブレネリー | 69 | 砂山 | 94 | 月見草の花 |
| 20 | 青い目の人形 | 45 | 野菊 | 70 | かわいい魚屋さん | 95 | 靴がなる |
| 21 | 富士の山 | 46 | 海からの手紙 | 71 | 村のかじや | 96 | 大きな栗の木の下で |
| 22 | 荒城の月 | 47 | たきび | 72 | コスモスの花 | 97 | おお牧場はみどり |
| 23 | うれしいひな祭り | 48 | げんこつ山の狸さん | 73 | しょうじょうじの狸ばやし | 98 | 手のひらを太陽に |
| 24 | ふしぎなポケット | 49 | かたつむり | 74 | 緑のそよかぜ | 99 | 五一じいさん(歌えない) |
| 25 | 犬のおまわりさん | 50 | ずいずいずっころばし | 75 | とんがり帽子 | 100 | ふるさと |
| 100曲ついでに、もう一つ。今年、H19年の初めに文化庁が表題の歌、101曲を選びました。 100曲マラソンの歌と重なっている歌も多いのですが、昭和や平成のヒット曲も入っています。特筆すべきことは鳥取県出身の「岡野 貞一」の歌が5曲も入っていることです。しかも作詞は全て「高野 辰之」で、日本の原風景をうたったものばかりです。 技術屋の常で、すぐにデータをまとめたり、したがるもので、作詞と作曲の曲数をまとめてみました。二人の作詞、作曲がトップクラスです。いつまでも、歌い継いで行きたいものですね。 |
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作詞ランキング
@野口 雨情:5曲:赤い靴・あの町この町・雨降りお月さん・しゃぼん玉・七つの子 @高野 辰之:5曲:朧月夜・春が来た・春の小川・故郷・もみじ B北原 白秋:4曲:あめふり・からたちの花・この道・揺籃(ゆりかご)のうた Cサトウ ハチロー:3曲:うれしいひなまつり・ちいさい秋みつけた・リンゴの歌 C永 六輔:3曲:上を向いて歩こう・こんにちは赤ちゃん・見上げてごらん夜の星を 作曲ランキング @中山 晋平:6曲:あの町この町・あめふり・雨降りお月さん・肩たたき・しゃぼん玉・背くらべ A岡野 貞一:5曲:朧月夜・春が来た・春の小川・故郷・もみじ A草川 信:5曲:風・汽車ポッポ・どこかで春が・夕やけこやけ・揺籃(ゆりかご)のうた C中田 喜直:4曲:おかあさん・ちいさい秋みつけた・夏の思い出・めだかの学校 D弘田 龍太郎:3曲:靴が鳴る・叱られて・浜千鳥 D山田 耕筰:3曲:赤とんぼ・からたちの花・この道 |
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| 吉野ヶ里 歴史公園 見学 |
| 少し前のことですが、5月の連休に九州の娘家族の処を訪問し、3人目の孫のMOMOに会ってきました。そのときに、家から高速を使えば30分ぐらいの所にある、弥生時代の大規模集落が発見された「吉野ヶ里 歴史公園」を見学しました。5月4日のことです。
吉野ヶ里遺跡は佐賀県神埼町にS61年に工業団地が作られることになり、「文化財保護法」に基づいて発掘調査が行われました。殆どの遺跡は、調査終了後に埋め戻され、開発行為が進められますが、吉野ヶ里遺跡は、墳丘墓や、その中の副葬品(有柄銅剣やガラス製管玉など)が発見され、 位の高い王の墓と推定される貴重なものであることから平成元年に保存が決定し、国営の歴史公園として平成13年に整備されました。出土した土器は100万点にも達し、5000個あまりの甕棺(かめかん:死者が甦ると信じられた埋葬方法)の墓列や、まつりごとを司る 「主祭殿」、城柵や環濠、弥生時代の集落など、見所もたくさんあり、2時間ぐらいの滞在では、とても見切れませんでした。現在公開されているのは、国営公園:28ha 県立公園:31ha の膨大な規模です。入場料は400円と安く、年間50万人が訪れるそうです。 |
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| 外敵の侵入を防ぐ城柵と逆茂木(乱杭) | 南内郭(南の守り)の城柵と楼観(物見櫓) | 頭部の無い人骨入り甕棺(かめかん):レプリカ |
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| 公園内の城柵と環濠:復元されたもの | 南の守り内部 | 弥生時代のムラの様子 |
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| 多量の甕棺の墓列。その奥には王の墓:墳丘墓がある | 広い歴史公園を取り巻く環濠・幅、深さ共に3m位 | 北内郭にある、まつりごとを司どる「主祭殿」・高さ 16.5mで復元 |
| 古代出雲歴史博物館 見学 |
| 3月19日に遺跡調査仲間と、この3月10日にオープンしたばかりの古代出雲歴史博物館へ見学に行きました。出雲大社のすぐそばにあり、伯耆町から約2時間。何年か前に、平安時代の出雲大社の建物を支えた柱が発見されました。
これは、1本が1.4mの柱を3本束ねたもので、神殿の高さが40mあまりと推定されています。
神殿まで、長い階段が掛けられていたようです。その柱の展示や、建物を推定する5人の学者先生たちの見解に基づいた神殿の模型が展示されています。この、出雲地方は神々の国として、たくさんの遺跡があり、邪馬台国出雲説もあるほどです。
この近くには大量の銅鐸(加茂岩倉遺跡)や刀剣(荒神谷遺跡)の発見されたところがあり、遺跡調査作業に携わるものとしては、見ておきたい博物館です。常設コーナーだけなら600円と、割安ですね。 |
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| Sさん、Nさん、 Hさん、僕の4人で行きました | 玄関外から撮った巨大柱 | 博物館正面入り口 |
| 第17回・童謡・唱歌100曲マラソン |
| 6月30日に鳥取県民文化会館・梨花ホールで開催された催しに行ってきました。33の団体がステージに立ち、2〜3曲ずつ歌い、会場の皆も一緒に歌い、100曲を歌うのです。約3時間半を歌い続けます。
歌を歌うことが大好きなので、楽しみなイベントでしたが、生活の基本は遺跡調査の仕事なので、「雨が降れば...」と思っていたところ遺跡調査の調査員さんが研修とかで仕事が休みになりました。ラッキー!! 歌はいいですね。 昭和30年代の歌謡曲やポップスは未だに頭に入っていますし、合唱も長い間やってきました。 童謡、唱歌も大好きです。「ふるさと」の作曲で知られる「岡野貞一」が鳥取市の出身なので鳥取市などの主催で毎年開かれています。代々歌い継いで行きたいですね。 僕自身は2004年以来2年振り、2回目のことです。又、機会があれば参加したいと思います。鳥取県西部で同様のイベントが有るといいなあ。 |
| 1.夕やけこやけ 2.月の砂漠 3.緑のそよ風 4.思い出のアルバム 5.みかんの花咲く丘 6.たき火 7.子鹿のバンビ 8.我は海の子 9.虫の声 10.あめふり 11.シャボン玉 12.牧場の朝 13.かあさんの歌 14.もみじ
15.南の島のハメハメハ大王 16.エーデルワイス 17.ドレミの歌 18.小さな世界 19.雨の遊園地 20.アイアイ 21.げんげ草 22.花嫁人形
23.さよなら田舎 24.たなばたさま 25.ピクニック 26.まっかな秋 27.春よ来い 28.夕日 29.村まつり 30.春の小川 31.大きな古時計 32.赤い靴 33.夏は来ぬ
34.風のアルバム 35.砂山 36.おすもうくまさん 37.茶つみ 38.かもめの水兵さん 39.夏の思い出 40.チューリップ 41.おお牧場はみどり 42.菊の花
43.桃太郎 44.とんがり帽子 45.故郷の人々 46.ゆりかごのうた 47.おもちゃのチャチャチャ 48.幸せなら手をたたこう 49.大きな栗の木の下で 50.ぞうさん 51.金太郎 52.一寸法師 53.大黒さま 54.森のくまさん 55.月見草の花
56.かたつむり 57.どこかで春が 58.花咲じじい 59.おぼろ月夜 60.早春賦 61.野菊 62.おおブレネリ 63.春が来た 64.やしの実 65.花 66.手のひらを太陽に 67.冬景色 68.花のまわりで 69.花の街 70.森へ行きましょう
71.赤とんぼ 72.浜辺の歌 73.コスモスの花 74.からすの赤ちゃん 75.旅愁 76.かわいい魚屋さん 77.まりと殿様 78.てるてるぼうず 79.スキー 80.こいのぼり 81.雨ふりお月さん 82.背くらべ 83.里の秋 84.どんぐりころころ
85.七つの子 86.青葉の笛 87.朝はどこから 88.星の界 89.サッちゃん 90.荒城の月 91.おつかいありさん 92.海へ 93.浜千鳥 94.海 95.叱られて 96.冬の星座 97.故郷を離るる歌 98.五一じいさん 99.蛍の光 100.ふるさと
・・・青文字は、歌えなかった(知らなかった)歌。9曲ありました。残念!!・・・ |
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| 出演者・「あめふり」の歌を傘のパフォーマンスで | 出演者・幼稚園児たち | 出演者・バレエ団の踊り付き |
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| ファイナルステージ | フィナーレは100曲目「ふるさと」の全員合唱 |
| プロ野球・中日対広島戦 |
| 4月23日に米子市民球場で開催されたプロ野球・中日対広島戦を息子と二人で観戦に行きました。なにしろ、名古屋生まれのとうちゃんとしては、50数年来の中日ファン。昭和25年にセントラル、パシフィックの2つに別れた頃からです。当時のスターは西沢一塁手、杉下投手。昭和34年ごろ、学生時代、中日球場で一夏アルバイトをしたことがあります。 あの、坂東英二投手が同学年で、新人の年。長嶋茂雄選手が2年目、王貞治選手、阪神の村山実投手が新人の年です。中日の試合を見るのは、その年以来、実に47年ぶりです。先発は山本昌投手と佐々岡投手。WBCで大活躍した福留孝介選手が3番です。試合は、なんと13対0のボロ負け。まあ、こんなこともありますワな。最後に笑うのは、絶対中日!!! |
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| 試合前の米子市民球場 | スコアボード | 先発の山本昌投手 |
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| 福留孝介選手 | 佐々岡投手対福留孝介選手 | 7回、投手交代を告げてベンチに戻る落合監督。表情が冴えない感じ |
| 岡本太郎展 |
| 3月22日に松江・島根県立美術館へ「岡本太郎展」を見学に行きました。9号線沿い、宍道湖に面した良い場所にあります。 「岡本太郎」といえば、誰でも浮かんでくる作品は、1970年の大阪万博に設置された「太陽の塔」でしょう。 ロビーに飾られていた、一見ミニチュア風のものは実は板に彩色したものです(下の写真)。会場内にはちゃんとミニチュアが展示されていました。アーチストとしての岡本太郎は実に多彩な作品を残しています。何年か前にメキシコで発見された大壁画「明日の神話」が現在修復作業中で、その一部が最近公開されました。で、絵画あり、彫刻あり、モニュメントありのバラエティに富んだ展示でした。 大阪万博のころは、尼崎に居たので、何回か見物に行きました。その後、万博跡地から2kmぐらいの吹田に引っ越し、子供を連れてよく散歩に行きました。ついでに、万博の写真をお見せします。ポジフィルムで撮っていたのですが、何しろ36年前のもの、色あせしたり、カビが生えたりして、写真の修復に手間取りましたが。あまりきれいには修復できませんでした。 |
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| 太陽の塔:岡本太郎展・ロビーに展示 | 太陽の塔:大阪万博での写真 |
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| 島根県立美術館 | 展覧会看板と入り口 | ロビーの展示会場入り口 |
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| テーマ館の中にあった太陽の塔・下の部分 | テーマ館の中にあった太陽の塔 | 万博一番人気のアメリカ館「月の石」 |
| 「中島潔の世界」展 |
| 連休の5月3日、鳥取県立博物館へ「中島潔の世界」展を鑑賞に行きました。恥ずかしながら、この画家の名前は知らなかったのですが、新聞に展覧会や作品の紹介があり、なんとなく見たような画風だなあと思っていました。 10年程前にまだペンションをやっていた頃、お客さまへのサービスでジグソーパズルを作ってもらっていたのですが、この家に引っ越した時にまだ新しいのを一つだけ、持って来ていました。その図柄がどうも、似ているのです。パズルの箱を調べても画家の名前はありません。 そのキャラクターの「うめ吉」(多分、ころころした子犬)は、ぬいぐるみにもなっています。 展覧会場は、うめ吉の登場する「童画」や、「金子みすゞ」「源氏物語54帖」など約120点の展示でした。このジグソーパズルの原画の展示は無かったのですが、売店に複製の絵は売っていました。 |
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| 我が家にあったジグソーパズル | 垂れ幕 | 垂れ幕 |
| とうちゃんのお宝1・江戸川乱歩賞受賞作品:全巻 |
![]() ![]() 右側の6冊がこの5年間で追加した乱歩賞の本です |
| 「江戸川乱歩賞」といえば、今、新人推理作家の最高の登竜門でしょう。この賞を受賞して、売れっ子作家になった人も多く、仁木悦子、西村京太郎、森村誠一などが代表的でしょうか。
映像化されたものも数多く、最近では、高野和明の「13階段」や、受賞作ではないけれど、福井晴敏の「ローレライ」が映画化されましたね。
僕と江戸川乱歩との出会いは、もう55年も前、昭和25年ごろ、小学校3年生頃の事です。当時「少年」という雑誌があり、そこに連載されていたのが、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズです。 怪人二十面相と明智小五郎、小林少年の対決に胸躍らせました。「青銅の魔人」「虎の牙」あたりの作品です。「少年」に手塚治虫の「鉄腕アトム」の連載が始まったのもその頃です。 それから数年が経ち、高校2年ごろでしょうか。江戸川乱歩賞が創設され、現在の作品公募システムになった昭和32年。初めての受賞作が仁木悦子の「猫は知っていた」です。女性で車椅子生活で、作品は、いわゆる本格派。 「日本のアガサ・クリスティ」と呼ばれセンセーショナルな登場でした。これも、すぐに映画化されました。 それからしばらく、作品に接する事も無かったのですが、昭和58年に何気なく買った本が、高橋克彦の「写楽殺人事件」です。これが又面白くて、それ以来ずっと「ハードカバー本」を買っています。 作品の面白さに当たり外れが少なく、そうなると、過去の受賞作品も全部読みたくなって、古本屋を探したり、出版社から取り寄せたり。10年程前に文庫本が全巻そろいました。 ところがです。2年半前に、今の家に引っ越したのですが、そのどさくさで、この度HPに載せようと整理したところ文庫本が3冊足りないのです。米子の古本屋を10軒近く回って、2冊は入手できましたが、1冊だけは手に入りません。出版社に問い合わせてもらっても 在庫がないとのことで、そのうち、大阪とかに出たときに探してみようと思っていました。ふと思いついて、Webサイトで、「古本販売」を探し、「ふるほん文庫やさん」というサイトに行き当たりました。 早速その中で捜したところ、見事見つかったのです。第25回・昭和54年の受賞作:高柳芳夫の「プラハからの道化たち」という作品です。昨日、その本が送られてきて、代金も郵便振替の後払いで480円と送料210円だけで入手でき、これで全巻揃いました。やれやれ。 |
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| とうちゃんのお宝2・レアー本:横綱傳 |
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| 相撲が大好きになったのが昭和28年ごろ、中学に入って「相撲」という雑誌を毎月買い始めました。当時の横綱は、羽黒山、東富士、千代の山、鏡里といったところで、吉葉山、栃錦などが大関、若乃花は三役に上がった頃です。
同じ出版社(ベースボール・マガジン社)から、「横綱傳」という本が出る事を広告で知り、「相撲」雑誌に時々、一部が掲載されていました。どうしても欲しかったのですが、価格が1,200円。とても中学生に手が出る本ではありませんでした。 それから40年近く経った、平成の初め頃、東京に出る事があり、ふと思いついて、神田の古本屋街を軒並み捜しましたが見つかりません。ある本屋さんで聞いてみたら、「蔵前(今の両国に行く前に国技館のあったところ)に行ったら相撲関係の本をたくさん 置いてある店があるよ」と教えられ、蔵前まで。そこで、見事見つけました。価格は、なんと3万円。でも、欲しい。ついに買っちゃいました。(家内には絶対内緒) 発行は、昭和28年12月。本の表紙は布張りで、外装箱も付いた、豪華本です。箱も紙もかなり変色しています。 鳥取県出身の横綱は「琴桜関」だけですが(その妹さんが家内の同級生と結婚して、倉吉在住です)島根県の松江藩お抱えの力士は多いですね。有名な大関・雷電為衛門や、東出雲町出身の横綱・陣幕久五郎等です。 この近くでは、明治時代の名大関・荒岩亀之助が大山町出身で大山寺の登行リフトのすぐ下に記念碑があります。 そのほか、松江付近のいろんな力士の記念碑などを捜してホームページに載せています。「おもしろ看板・建造物」をご覧下さい。
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