PART W

「とうちゃんの趣味」で「大山スペシャル」で〜す

見たい項目をクリックして下さい
16.9.29「大山の日の出」(2016.9.27)
16.7.17「大山をバックにサンタさん出演のCMロケ」(1990.10.15)
16.7.17 「娘と孫3人との大山登山」(2012.8.13)
16.7.6「大山と我が家」:『大山の立体模型』
 『我が家から大山へ』『逆さ大山』(2016.6.30)

07.8.18 23年ぶりの大山登山
2005.11.12 秋の大山寺散策
2005.11.6 大山の紅葉
2004.5.24 御幸(みゆき)行列
2004.5.15 大山グリーンウォーク

大山スキー場でのスキーコーナーです
17.2.4だいせんホワイトリゾート・今年1回だけのスキー 
16.2.16だいせんホワイトリゾートでの今年初めてのスキー
06.2.8とうちゃんのスキー
06.2.1この年、初の大山スキー


2016年9月29日 掲載
「大山の日の出」
 夏になってからは、健康ウォーキングも早朝にやることにしました。その過程で偶然、日の出を目にして、ひとつ 日の出の写真を撮りましょうと思い立ちました。これが案外難しく、大山はくっきり見えていても後に雲が掛っていると、日の出の太陽は見えません。 ウォーキングのコースで大山全体がはっきり見えるポイントは、家から3分の田んぼの畦道、家から15分の佐野川管理道、 家から30分の金廻芦谷平・・ の3箇所ぐらいなんです。我が家で日の出を見てからでは、一番近い畦道まで行く間に、もう昇り切ってしまいます。日の出場所もどんどん南に 移動していきます。結局思い立って1ヵ月半でやっと雲のない大山と日の出時間に撮影場所に行けました。撮影場所は家から3分の田んぼの畦道で、トップページの「雪の大山、ズームアップ」の アニメーションと同じ場所です。
 「日の出時刻」とは「太陽の上端が地平線と重なった瞬間」です。太陽が全部現れるまでは2分そこそこ。 日の出前から日の出の終わりまでには10秒に1回ぐらいシャッターを押し、9/25も9/27も、それぞれ20枚ぐらい撮影しています。
 地名は 「遺跡発掘調査」『遺跡発掘調査・R181バイパス工事・健康ウォーキング』から 「遺跡発掘調査とパイパス造成状況」の地図をご覧下さい。

8月19日〜9月1日
日の出を過ぎてしまった画像

 それぞれに朝焼けの大山がきれいです。ねばり強く、日の出ショットを狙ってみます。
米子市の日の出時刻=5:29 撮影=8月19日 5:55

 米子市の日の出時刻よりも26分後の撮影で、太陽はかなり高く上がっていました。
米子市の日の出時刻=5:32 撮影=8月23日 5:50

残念ながら、太陽は左側の黒い雲の中にあるようで、太陽の姿は見られませんでした。
米子市の日の出時刻=5:35 撮影=8月26日 5:55

 朝、目が覚めたら丁度、太陽が出てきたところ。あわてて自分の部屋からシャッターを切ったのですが、木立やら、周りの家やら余分なものが一杯です。 撮影した時はもう、太陽がすっかり出終っていました。
米子市の日の出時刻=5:39 撮影=8月23日 5:38

 丁度、太陽が半分顔を出しているようですね。日の出のタイミングから1分遅れました。


9月25日 薄雲が掛っていて、太陽の輪郭がはっきりしません

 それでも、朝焼けの空はとてもきれいです。前掲の画像から約1ヶ月経って、日の出の位置が大山の頂上のすぐ右側になってきました。 太陽が半分顔を出した画像を少し拡大して、この項のトップと、トップページに載せました。
米子市の日の出時刻=5:57 撮影=9月25日 6:24
日の出前
米子市の日の出時刻=5:57 撮影=9月25日 6:31
丁度、日の出
米子市の日の出時刻=5:57 撮影=9月25日 6:34
太陽が半分顔を出す
米子市の日の出時刻=5:57 撮影=9月25日 6:36
太陽が全部顔を出し、日の出終わり


9月27日 大山の後に雲が無く、絶好の画像になるつもりでしたが・・・・

1ヶ月前には大山のピークのずっと左(北側)から陽が上りましたが、今は大山頂上のすぐ右(南側)です。これから日を追うごとに 更に右側に移っていくようです。モロに太陽を見ながら撮るので、カメラも目もハレーションを起して、やっぱり輪郭は見えないですね。
米子市の日の出時刻=5:59 撮影=9月27日 6:32
日の出前
米子市の日の出時刻=5:59 撮影=9月27日 6:33
丁度、日の出
米子市の日の出時刻=5:59 撮影=9月27日 6:34
太陽が半分顔を出す
米子市の日の出時刻=5:59 撮影=9月27日 6:35
太陽が全部顔を出し、日の出終わり

2016年7月17日掲載
「大山をバックにサンタさん出演のCMロケ」

 今から26年前、かなり昔の話ですが、大山スペシャルページを開いたついでに掲載したくなりました。ペンションを経営している時に異色の宿泊話が 舞い込みました。全日空のCMロケの話です。全日空が中国、四国の客足を伸ばそうとロケを行い、CM用に動画とポスター用の写真を撮影するための宿泊です。制作は 広告代理店最大手の電通です。わがペンションに泊まったのはアメリカから招いたサンタさん専門の俳優、通訳(帰国子女)、 スタイリスト2名、ヘアメイク2名、大道具、小道具 の会社の人、大道具などを運ぶ運送担当の人4名など合計10人ぐらいでした。サンタさん役の俳優さんは身長2mの巨漢、アメリカ各地でサンタ役で回っているそうです。 ペンションのベッドは長さ195cm、幅95cmぐらいのシングルで、とてもサンタさんが寝られるものではありません。二台を並べ、足元にもう一台置いて、 三台使ってのベッドになりました。穏やかな方で、夜の飲み会でもニコニコ笑いながらお付き合いしていました。通訳の方は、芸能関係の仕事が多いそうで、当時、大人気の マイケル・ジャクソンの通訳もされたそうです。ロケが終った後も暫くは手紙のやりとり、ご自分の書かれたエッセイの載った雑誌の紹介、などのお付き合いが暫く続きました。 ご結婚や転宅などで連絡は途切れてしまいましたが。大道具の人たち・・・・その方面の会社の社長さんと息子さん、社員の方たちです。トナカイやそりを作ったり、 ペンションの庭で発泡スチロールを使ってサンタさんが立つ岩山を作ったりの仕事です。社長さんは一昔前、特撮で有名な「円谷プロ」に居られて、ゴジラその他の怪獣を作ったり、 テレビのウルトラマン関係のキャラクターを作ったりされたそうです。どの仕事が一番ハードだったかと言えば、ウルトラマンの相手役の「なんとか星人」を毎週毎週 いくつも作った時だったそうです。サンタさんの衣装はオールカシミヤのたっぷり衣装。ちょっと触ってみたらスタイリストのお姉さんにキッと睨まれました。 1着200万円と言うことで、このロケが終ったらサンタさんにプレゼントだそうです。制作側のスタッフはちょっと高級の「大山ロイヤルホテル」泊まり。ペンションでは 毎晩のように食後は飲み会で多い時はダルマのボトルが2本空いたり、ホテル泊まりの「CM界の巨匠」と言われる人の・・こきおろし・・で盛り上がったり。 朝は日の出前からCM用動画撮影、日没前にはポスター用スチール撮影で4日ぐらい掛りました。「今日は良い天気でよかったですね」といったら、「雲が全く無くて気に入らない」という返事でした。 ロケの期間は1990年・平成2年10月15〜19日でした。あとから電通の方から15秒と30秒の2種類の動画のビデオテープを送っていただきました。
 ポスターから転写・ 夕焼けの大山をバックにしたサンタさん
 このポスターは幅1.45m高さ1.04mとかなり大きいものです。右下のトナカイのすぐ下の丸い囲みの中でサンタさんを待ち焦がれている アメリカの子供たちが入っています。ロケ地はペンションのほど近くの畑にセットを組んでの撮影でした。因みにこの場所は次の項目の「大山と我が家」『我が家から大山へ』 のペンションからの実写撮影したところと全く同じ位置で、やはり左側に「三鈷峰」は見えていません。
 ビデオからの転写・日の出前の大山をバックにしたサンタさん
 30秒のCM放映用のビデオです。 松江で宴会して、玉造温泉で入浴、すばらしい日の出前の大山を眺める・・・山陰地方で居続けてアメリカに帰るのが遅くなって「サヨナラが言えない旅」を満喫し、 アメリカでは「サンタさん、来るのが遅いね」と子供たちが待ち焦がれているストーリーです。
 ペンション食堂でのロケ最後の夜の打ち上げ風景 
 ダルマボトルやビール瓶がたくさん並んでいます。ロケ隊の皆様、楽しい思い出を ありがとうございました。

 左手前にウチの娘(中2)。壁際にサンタさんと通訳さん サンタさんとウチの息子(高2)と娘(中2)サンタさんは本番の衣装です。  ロケ地で休憩中のサンタさんと通訳さん

2016年7月17日掲載
「娘と孫3人との大山登山」

 これも4年前のことです。久留米に住んでいる娘と孫3人が久し振りにお盆に里帰りしました。思い立って、とうちゃんとの5人で大山登山を決行しました。 このとき一番上のが小5、2番目のが小3、一番下のMOMO入学前でした。 朝から雨模様、上に上がるにつれて雨はやんできましたが、その代わりかなりの霧で、展望も余り利かず、写真も白っぽくなってしまいました。頂上まで順調に上がりました。 頂上記念碑の前で珍しい小動物を見つけました。が腕に載せても逃げるわけでもなく、人懐っこいものでした。近くに居た子供が「ヤマネ」だよと 言っていました。帰って調べてみると何と「天然記念物」だったのです。鳥取県博物館に写真をメールで送って確認していただきましたが、 「ヤマネ」で間違いないとの回答をいただきました。大山での発見はかなり珍しい事だったそうです。お宝写真が撮れました。 下りがまた大変で、3合目から土砂降り、登山道が川状態で、それでも一番下のMOMOも泣きもせずに 元気に降りました。

 登山口 娘と孫3人です。 山頂の記念碑前です。  の腕に乗ったヤマネ

2016年7月6日掲載
「大山と我が家」:『大山の立体模型・やまつみ』 『我が家から大山へ』 『逆さ大山』

 大阪から大山の見える伯耆町(旧岸本町)に転居してもう33年目です。最初に住んだのは「大山ペンション村」です。17年前 に家内を亡くしてペンション経営が成り立たなくなり、15年前に現在の住まいに落ち着き、ペンションと現在の住まいの中間に町営公園墓地にお墓を建てました。 何処からも同じように「伯耆富士 大山」の姿が眺められました。
 30年前のペンションをやっている頃から「大山の立体模型」を作りたかったのですが、等高線に 沿って何枚も切り抜き、それを張り合わせる作業を考えると、とても手の出せる工作ではありませんでした。先月、6月8日の日本海新聞に大山の立体模型が発売されていることを知り、 その日のうちにネットで購入申し込み、5日後の13日に届き、その日から組み立てを始めました。1日1〜3時間の作業で組み立て完成が9日後の22日、それまで いろんな角度から写真を撮り、模型にも画像にも名前を入れ、何とかHPの掲載にこぎ着けました。
 この立体模型は「やまつみ」というシリーズで、北は「利尻山」から「富士山」「槍、穂高」「六甲山」「阿蘇山」など各地方の主な山が40種類発売されています。
 ついでに地図上から、大山と自宅との関係を調べたところ、やはり現在の自宅とお墓、ペンションが殆んど1直線に並んでいることがわかりました。立体模型と 実写を並べてみると、左側に見える三鈷峰が同じような位置に見えることが確認できました。
 せっかくだからこれまで撮ってきた写真の中から「逆さ大山」を二つ、並べてみました。どうぞご覧下さい。

『大山の立体模型・やまつみ』

 木製の集成材の台座(40×30cm 厚さ12mm)はきちんと縁取り加工がしてあります。台紙(38×28cm 厚さ0.4mm) は等高線に沿ってレーザーで切抜きがされ、裏に粘着剤が付いています。位置決めの棒を立てる為の穴が2つ開いています。標高の低い部分は直径10mmの棒、 標高が高くなると切り抜かれた台紙パーツが小さくなるので直径5mmの棒になっています。一枚目の台紙は標高340mのもので一番西側(左側)の谷や平坦部に 少し緑の彩色された部分があるだけです。2枚目が標高350m・・・位置決め棒に穴を通しながら積み重ねていきます。最後のほう、1500mを越すあたりから特に離れ台紙が たくさん出てきて、小さい台紙パーツは0.5×2mmぐらい、ピンセット仕事です。位置決め棒も使えなくて、印刷されているパターンだけが頼りです。 貼りそこなうとフォローが大変。結構、集中力の要る工作作業でした。 
 完成品この画像と次の台紙貼り付け過程の画像は模型を真上から写した物です。標高1720mの台紙を貼って完成した立体模型です。縮尺:1/25,000 外形:400mm×300mm  台紙の厚さ0.4mm 等高線間隔:10m(台紙1枚が10m) 
標高:340m〜1720m 99層の積み重ねです。


 標高700m ここまでに47枚の台紙を貼っています。白い部分は次の台紙を貼る場所です。白い部分の黒い●2箇所は位置決めの棒を立てる場所です。  標高1000m 標高が高くなると位置決めの場所が変わり、太さも細くなります。  標高1200m 位置決め棒が細くなり、離れ島ならぬ離れ台紙がいくつも出てきます。小さい台紙パーツの大きさは0.5×2mmぐらいでピンセット作業です。
 標高1400m だんだん、貼り付け台紙が小さくなってきました。  標高1600m もう完成近しです。山の台紙は三鈷峰、弥山、剣ヶ峰ぐらいになって来ました。  標高1700m あとは弥山、剣ヶ峰を残すのみ。殆んど完成です。


 次の4枚は東西南北方向の斜め上からの画像です。鳥瞰図ですね。この図柄も飛行機かヘリコプターに乗らないと 撮影できない、貴重なもの?? 台紙を貼りながら「この場所は標高は〇〇mなんだ」なんて新しい発見もありました。
 西側から 我が家から見てほぼ真東に位置する大山です。画像の中央から手前に引かれた赤線は自宅の方向です。  東側から 東側には高い山が連なり、実写するのはなかなか難しいですね。立体模型ならではの画像です。
 北側から およそ米子市の皆生あたりからの画像でしょうか。  南側から 鍵掛峠が模型の中央下の方です。ここは、南大山の一番の撮影ポイントですよね。もう少し南の江府町御机も古い民家や柿の木などがあり、良い場所ですね。

『我が家から大山へ』

 「大山」「ペンション」「墓地」「現在の自宅」この4箇所がこれほど一直線に並んでいるとは殆んど『奇跡』ですね。 一応、何処の場所決めも「大山の見えるところ」と言う意識はありましたが、地図上で見事に並んでいます。
 地図上に自宅から大山までのラインを入れてみました。大山までの距離は平面での直線距離です。模型の撮影はおよその標高と距離を考慮して、 自宅と墓地では台座より下の位置から撮影しました。模型の画像と実写の画像が殆んど一致していますね。左側の「三鈷峰」の見え方が一つの目安でしょう。


 模型 ペンションから 距離:6.0km 模型上の距離:24cm 実写 ペンションから 標高:約340m 三鈷峰は見えませんね。 三鈷峰が見えるのはペンションより少し北で、標高も少し低い「丸山集落」あたりまでです。
 模型 墓地から 距離:10.1km 模型上の距離:40cm 実写 墓地から 標高:約60m 三鈷峰は綺麗に見えます。 我が家の墓石は三鈷峰入りの大山を型取ったものです。
 模型 自宅から 距離:12.5km 模型上の距離:50cm 実写 自宅から 私の部屋からも右側が少し向かいの家で隠れますが、殆んど 大山と三鈷峰を見ることができます。

三鈷峰入りの大山:大山とスキーが好きだった亡妻のスキーフォームです

『逆さ大山』

 大山の西側(我が家方向)からの「逆さ大山」は水溜まりさえあれば至る所で見られますよね。ここでは2箇所からの 「逆さ大山」を紹介します。光線の具合、風の有無、案外タイミングが難しいものですよ。
 伯耆町須村:福岡堤 「植田生治写真美術館」のすぐ裏で、未だ計画段階の頃の撮影です。この写真美術館が建ったのは1995年(平成7年)ですが、 その1〜2年前、平成5年ごろですね。美術館が建ってしまうと緑の中に白い建物=景観つぶし なのでその前に・・撮ったものです。  自宅から300mぐらいの田んぼに映る逆さ大山です。これはタイミングが超難しく、風でさざなみが立ってはいけない、稲が伸びすぎては駄目、 大山は西日が当る時間が良いけれど田んぼにお日様が映ってしまうEtc.田植えから数日の内の天気のよい、風の少ない日というタイミングでした。

2007年8月18日掲載
23年ぶりの大山登山

 好天に恵まれたお盆の8月14日になんと23年ぶりに大山登山をしてきました。もちろん頂上までです。息子、娘が、小学生だった昭和59年以来のことです。20歳代のころ(今から40年ぐらい前のこと)結構登山には行きました。大阪、神戸に住んでいたので、六甲山、葛城山、大台ケ原、 果ては北アルプスの槍、穂高、燕岳、立山連峰などです。 六甲は、全縦走をやったし、槍・穂高も縦走しました。で、結婚して、30台に入ると、子育て、ペンションのオープンなど 中々気持ちのゆとりが無くなり、「登山が趣味」とは言えない状態でした。それでもスキーは、やっていたし、今も体力勝負の「遺跡調査作業」等やっているので、何とか成るだろうと一人で出かけました。お盆ということもあって夏山登山口の駐車場は8時ごろでほぼ満車状態。それも9割位は他府県No.です。標準的な夏山登山道を上がり、 下りは六合目の下から行者谷、元谷、大神山神社、大山寺へ降りる道を取りました。往復で5時間半ぐらいでした。降りてみたら、その日は米子が全国の最高気温。
38.6℃でした。山からの眺めはとてもすばらしいものでした。

夏山登山口
8:15(青字・到着時刻)
0:00(赤字・夏山登山口からの所要時間)  
二合目・以前より薬注丸太で階段や崩れ止めが整備されている
8:47
0:32
四合目
9:14
0:59
六合目・ここに避難小屋がある
9:43
1:28
六合目から孝霊山、美保湾を望む七〜八合目の中間地点から美保湾、伯耆町方面
10:15
2:00
八合目・伯耆町方面の眺め良し
10:29
2:14  
八〜九合目の中間地点から木製桟道と山頂方面を望む
10:36
2:21
山頂到着 1710.6mとある
10:50
2:35
山頂から「立ち入り禁止」の縦走路を望む  山頂付近から登山道(桟道)と島根半島、美保湾、伯耆町方面を望む大山寺橋へ下山
13:50
5:35

2005年11月12日 掲載
秋の大山寺散策
 11月10日(木)去年の春に行ったグリーンウォーク、今年はレッドウォークに一人で行ってみました。 大山寺ー金門ー大神山神社ー寂静山ー中の原ー豪円山と言ったコースです。紅葉は終りかけでしたが、それなりに珍しいアングルの写真も撮れました。

大山寺本堂大山寺から大神山神社へ向かう石畳の遊歩道金門から賽の河原と北壁
大神山神社の左手の下山神社・江戸後期の建物大神山神社境内にある真っ赤なナナカマド下り道にある吉持地蔵・大きな石に直接彫ってある
豪円山中腹からの、中の原・国際スキー場と後に三鈷峰豪円山中腹にあるスキージャンプ台。40度ぐらいかな豪円山頂上のアンテナ建物からの弓ヶ浜と美保湾


2005年11月6日 掲載
大山の紅葉
 11月4日(金)7〜8年ぶりに大山の紅葉を見に行きました。 今年の秋は暖かくて紅葉が遅れ気味でしたが、このところ朝晩の冷え込みも会ってようやく紅葉が見頃になりました。 江府町の御机から奥大山、鍵掛峠、三の沢、桝水高原、大山寺と、見て回りました。 天気もよく、平日なのに結構人でも多く、有名な撮影ポイントである御机、鍵掛峠などはカメラマンの放列と車のテンコ盛りで大変でした。
御机からの南大山と柿の木、萱葺き屋根=日本の原風景奥大山の真っ赤なナナカマドと大山南壁
鍵掛峠からの大山南壁鍵掛峠からの大山南壁アップ
桝水高原からの正面大山三の沢でのカラフル紅葉

2004年5月24日 掲載
御幸(みゆき)行列

御幸のポスター

 御幸の起源は平安時代にさかのぼるようです。神様の乗る乗り物として、神輿(みこし)がつくられ、 その前後を僧侶、僧兵、烏天狗、稚児、武将などが付き、大山寺・博労座から大山寺本堂までの行列が続きます。 長い間、途絶えていましたが、昭和62年に保存会が発足し、毎年5月24日に行われます。
僧兵と烏天狗
神輿
参道を上がる行列


2004年5月15日 掲載
大山グリーンウォーク
 大山町と新日本海新聞社が主催する「大山グリーンウォーク」 に、とうちゃんと息子のKENの二人で参加してきました。大山寺の博労座から「阿弥陀堂」「大山寺本堂」「金門」「大神山神社」「元谷」まで往復の約6kmのコースです。 この5ポイントでクイズがあり、全問正解だと宿泊券とか当たるとか。 歴史あり、自然あり、なかなかのイベントでした。

博労座からの大山と
「グリーンウォーク」の横断幕
木立の奥に阿弥陀堂。
国の重要文化財です
大山寺本堂
この集落、観光地のメッカ
「金門」は大山を眺める
お勧めポイント
大神山神社
国の重要文化財
大神山神社から約1km上がった谷が「元谷」。 大山の北壁が素晴らしいけど、崩壊が進んでいます。


大山スキー場でのスキーコーナーです


2017年5月22日掲載
だいせんホワイトリゾート・今年1回だけのスキー ’17.2.4

 今年は我が家のあたりでも80cmの積雪があり、S58〜59年、ペンションをオープンした年以来、33年振りの 豪雪に見舞われました。この日は上天気で初スキーに行きました。ゲレンデでは雲一つないお天気でしたが、そのために前日に雪の表面が融けて固まり、妙に 硬いバーンになっていました。思い通りに制動が利かず、足も疲れてきたところで、3回も他のスキーヤーにからまれ、1回はスキーが外れてしまいました。 他のスキーヤーもやっぱり滑りのコントロールが利かないのですね。結局、ちょっとめげてしまって、この1回だけのスキーになってしまいました。
 大山連山がとてもきれいでしたが、モロ逆光線でスマホの液晶画面が殆んど見えず、イマイチの写真でした。上の原ゲレンデの1番下から撮ったものです。


2016年2月16日掲載
だいせんホワイトリゾートでの今年初めてのスキー ’16.2.10

 今年初めての大山でのスキーです。11年続いた同級生スキーが’14年諸事情で中止になり、去年、今年と一人で大山で滑ることになります。この日、天候は曇、朝一番は雪も悪くなかったのですが 昼前から表面が硬くなってきて、力の要る状況になってきました。一応センター4リフトを使って国際エリアの頂上まで上がるなど、ほぼ総てのゲレンデを複数回ずつ滑りました。 ゲレンデに立つ時間、およそ2時間半。結構脚が疲れてきて、昼過ぎに引き上げました。下りで道路部分を滑って降りるのですが、キャタピラの跡が溝状になり、表面も凍って来ていて、人も車も多いので 安全のため途中からプルーク全制動で降りました。かなり脚が疲れました。その晩から右足に筋肉痛が来て、治まるまでに2日掛りました。スキーで筋肉痛が来るなんて初心者の50年前以来のこと。 毎日1万歩歩いているのにスキーとは使う筋肉が別なんですね。
 中の原頂上の「三角」から:中の原、上の原、豪円山、 遠くは弓ヶ浜、島根半島まで望めました。中の原には人工降雪の吹き出し口があります。
 国際ゲレンデ頂上から:豪円山、中の原、上の原、国際のコースが見えます。 上の原の一番下から:左に国際、右に中の原、その上に大山の山並みが見えます。
 中の原の一番下から:大山の山並みが見えるかと思ったのですが、瞬間厚い雲に隠れてしまいました。 午前半日のリフト券です。3時間半ぐらいはスキー場に居られるので、大山では殆んど半日単位で滑りますね。


2006年2月8日掲載
とうちゃんのスキー

 1月28〜29日に大山で滑ったとき、Kさんがビデオを撮ってくれました。その滑りをHPに載せたくて パソコンの周辺機器の「キャプチャーボックス」というものを買いました。外部からの映像入力をPCに取り込むものです。動画も取り込めますが、ここではビデオからDVDにダビングした映像を静止画像として取り込みました。
 この滑りは15秒ぐらいの長さですが、そのうちの6秒ぐらいを120枚(1秒間に20枚)の静止画像として取り込みました。それを「Photoshop」を使ってGIFアニメにしたのですが、重たいこと。ホームページに貼り付けてみてもぜんぜん動きが悪くて。結局、3コマ飛ばしで、3秒ぐらい(26コマ)にしたのですが、何故か後半に入るとやはり動きが悪いのです。見て下さるブラウザによってはアニメというよりスライドショーになるかもしれません。ごめんなさい。


2006年2月1日掲載
今年初の大山スキー

 1月28〜29日、40年来のスキーと合唱の友達である大阪のKさんが奥様とそのお友達を連れて来られました。以外にも大山で滑るのは初めてだそうです。天気も雪質もよく、特に1/29(日)は上天気でした。28日は、午後からだったので中の原を滑り、夕方は家の近くの町営保健福祉施設の温泉を案内し、家で食べたり飲んだり、撮影してもらったビデオを見ながら反省会をしたり。29日は一番奥の国際スキー場まで行き、足慣らしの後は、フードつきリフトで一番上まで。Kさん、その奥様、お友達のTさん、それと息子のKENの5人連れでしたが、大体足並みもそろって、一番上の急斜面にもこぶも凍結もなく、スキーを充分堪能しました。

国際スキー場一番上から下のパラダイスコースを望む国際スキー場の上部。右手前がリーゼンコース、左へ分かれる細いところがパラダイスコース

中の原中段。Tさん、僕、KEN、Kさんの奥様国際の一番上。Kさん、その奥様、KEN国際の一番上。僕、Kさん、KEN