日本海新聞投稿(7月15日付)

 父性と母性を考える(下)

 前回は父性の役割について、内と外を区切り、善悪を区切るという機能について述べました。このようにして形成された枠組みは人間関係を結ぶ重要な基盤となります。その枠組みを支配する規範の権威や信頼性は、暴力によってではなく「責任をとる」ことによって高まるのですが、現在の日本はそれが非常に揺らいでいる状況です。父性の揺らぎは母性にも大きな影響を与えます。

母性とは何か

 父性の「区切る」に対して、母性とは「包む」ことです。これは人間関係を紡ぐことです。父性とは違い抽象性はみじんもありません。とにかくその子とつながるのです。子どもという存在から湧いてくるさまざまな現象を受容することを通してその子の存在を受け入れ、確かなつながりをもっていくという作業は「子どもを産んだ」からできるようなことではありません。母親だろうと父親だろうと、母性を発揮できるのは、周囲に十分承認され、自分自身を尊重できる状態の大人です。ですから他者から大切にされていない状況にある人が母性的に振舞うのは困難なのです(自分の不安を子どもに投影して過保護になる場合は多いですが)。

母性を育むには

 母性が育まれる環境というのは、母性的な承認を周囲が親に与えている環境といえましょう。人は自分の存在が「理屈ぬきに」大切に扱われ尊重されるとき、自分の子どもに対してもそれが可能となるのです。自分自身に生じてくるさまざまな感情や思いを大事にできる環境にあってはじめて、子どもの存在を受け入れ、子どもが投げかけてくるさまざまなメッセージをゆったりと受け取ることができます。
 母親の母性を育む環境を考える場合、現代の母親世代の多くに共通する思いを無視することはできません。幼い頃から「これからは女性もキャリアや仕事が大切」といわれ、そしてまた上の世代からは「良い母」「良い妻」などを求められ、なんとか全てを満たそうと必死になっているのが彼女らです。このような女性に「仕事なんてやめて、良い母になることが大切」などと説教することは有害無益であり、彼女らを迷いと自己不全感に陥れるだけでしかありません。そのような説教はかえって彼女らの母性を危うくし、「叱りすぎ」や「過保護」を助長するだけにしかならないのです。
 父親の母性は子どもに対してだけでなく、子に関わる母に対しても発揮されるべきです。理屈ぬきにパートナーを大切に扱う父親の存在は母親の母性を高めるだけでなく、子どもの成長に伴って弊害も生じてくる母子密着に対しても有益に働きます。逆に、育児の主体(多くは母親ですが)を大切にしないようなパートナーと同居しているくらいなら、大切にしてくれる親兄弟や友人に囲まれて生活した方が母性も父性も健全に機能するといえます。育児に必要なのは「両親が揃っている」という形ではありません。母子家庭だろうが父子家庭だろうが、子どもと向き合う大人自身が健全な人間関係を保っていることこそが重要なのです
 母性を十分に発揮できる育児は楽しいでしょう。しかしその前提となるのは、親を援助するシステムです。そして親を含めた私たちの社会全体のメンタルヘルスの問題なのです。


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