第2章「嘘のようで、本当の旅立ち」
メルは魂の名前を聞いた途端体は氷の様に固まり、唖然としていた。
その様子を見て、魂はメルの周りをぐるぐると旋回する。
「お〜い、どうしたんだ〜?」
暫くした後、メルの体は次第にふるふると震え始めた。
「おい?」
魂の旋回がメルの顔の前で止まる。
メルは静かに魂を睨んだ。
魂はそれを見てぎょっとする。
メルは密かに呟く。
「……う……そ……」
「え?何だって?」
魂には聞こえなかったらしく、メルに聞き返す。
「あんた…あんたは絶対にクルス・ラグレストなんかじゃない!…いくら自分の本当の名
前がかっこ悪いからって、世界一有名な剣士の名前を使ってんじゃないわよ!!本当の名
前を言いなさい! 」
メルは半分怒鳴り口調で言う。そして、ビシっと魂を指差す。
「おいおい嘘じゃないって!!俺はホントにクルスなんだって!!」
魂は半泣き口調で言う。
でも、メル表情は変わらず、魂を睨み付けたままだ。
まだ魂の言う事を信じてないらしい。
「だって私この4年間クルス・ラグレストについて調べてる!それにクルスは貴方の様に
言葉使い悪くないし、私のこと馬鹿娘なんて言わないんだから、だいたい貴方がクルス
だったら世界的有名な最強剣士が単なる術士にあっさり体を奪われるなんて、間抜けじゃ
ない!!」
「うっ……!」
グサリと来る言葉で魂は高度を落とし、床にころんと転がりメルの足元にあたる。
メルは少し考えこみ、そして魂の方に向けて微笑む。
「まぁ、体が奪われたのは事実みたいだし学長に会いに行こうか改めて。クルス(仮)」
「クルス(仮)はやめろ〜(泣)」
今度は半泣き口調ではなく、完全に泣き口調だ。
「だって私はまだ貴方の事クルスだって信じてないもん」
メルは腰に手を当てて威張った。
(可愛くねーの)
魂は心からメルの事をそう思った。
「何か思った?まさか私の事可愛くないって思った?」
メルはまたクルスを睨み付ける。
今度は目を鋭くして。
「いいえ。何もめっそうもない!」
メルに勘付かれ、クルスは慌てて否定した。
メル達は学長室に赴き、学長にクルスの事を話した。
学長は見るからに穏やかそうで年より少し若い。
そして優しそうな目でメルを見つめ、静かに話を耳に傾けた。
「そういう事なのです。学長」
メルは顔を下に向く
「そうですか…それは時間の問題かもしれませんね」
「えぇ…この魂はさまよう時間が長すぎました…もう消滅しても可笑しく(おかしく)は
なかったと思います」
「メル。貴方の話だと…その魂は2年間さまよってたのですよね?」
「えぇ…」
メルは静かにこくりと頷く。
「確かに2年間という歳月は長いです。魂にとっては…不思議なものです」
学長は静かに目を閉じる。
「でも…学長」
「はい?なんでしょう、メル?」
「彼は…本当に………クルス・ラグレストなのでしょうか?」
メルが頭を上げ、魂の方を見る。
「だ・か・ら!何度も言ってるだろ?」
魂はムッとした口調で言う
「わかりました。調べてみましょう」
学長はそういいながら静かに目を閉じ、精神を集中させた。
長い沈黙が流れる。
そして、沈黙を破ったのは学長だ。
閉じた目を開き、静かに口を開く。
「メル。ご安心を。その魂はちゃんとクルスさんですよ。」
学長はにこにこな顔で言った。メルは目を少し見開いた。
「本当ですか?でも何故…?」
メルは首を傾げる。
「私は魂の面影(おもかげ)が見えるのですよ。」
「面影?」 メルはオウム返しで答える。
「えぇ。私は今あの魂からクルスさんの面影が見えました。勇ましく、優しい面影が…」
「へぇ…便利ですね〜」 メルは感心する。
「俺には今体が必要です。そのためには代わりの器をつくるホムンクルスの許可を頂きた
い」
クルスが本題の方に促す。
「そうでしたね。偽りの体をつくり、魂をふきこむ錬金術の1つのホムンクルス…でも
ね、メル、クルスさん。残念だけど…ここでホムンクルスの許可を下す事は不可能だ
わ。」
「え…?どういう事ですか!?」 メルとクルスが同時に言う。
「去年、ホムンクルスはこの大陸の最南端の城ティルティット城を始めホムンクルスは全
国的にティルティット王から禁止されたの…」
「そんな…」
「俺は…このまま消えるのか…?」
メルとクルスは愕然とした。
「そんなに落ち込まないで。大丈夫、禁止したのはティルティット城の王様ですし王様を
説得すればホムンクルスができる可能性があるかもしれません」
「そうね!」 「そうか!」 メルとクルスはまた同時に言った。
「では、ティルティット城の地図を渡します。今日はもう遅いですから明日の朝出発する
といでしょう」
「はい」
その時、学長室のドアが勢いよく開かれた。
ドアを開けたのはメルの同級生の女の子ウィ ルだ。
「はぁはぁ…こんなところにいた…探したよメル」
「どーしたの?そんなに息をきらして…」
「どーしたの?じゃないよ〜。メル夕食の時間だよ。早く食堂に行かないとメルの好きな
白身魚フライスペシャルタルタルソース添えがなくなっちゃうよ!」
「うわ〜いけな〜い!クルス先に食堂にいってるね」
メルとウィルは猛ダッシュで食堂に向かい学長室を出て行く。
クルスは食堂に向かったメ ルを呆れて見送っていた。
「全く、食い意地はってる奴。あんな奴が優等生なんて世の中間違ってるな」
「(クスクス)…まぁいいじゃないですか。食べ物がいっぱい食べられるのは健康な証拠
です。それにクルスさん彼女は普通の人の10倍以上の知恵があります…それはもう恐ろ
しい程に…」
「どういうことだ?」
「メル・スターティット。彼女は孤児で、この学園の裏庭で捨てられていました。そこを
私が彼女を拾い、育てる事にしました…その3年後の事です。彼女に異変が起こったの
は」
「い、へん……?それは一体?」
「8歳から習う古代文字を、たった3歳で書き上げてしまったのです…」
「!!」 クルスは声がでない程驚愕する。
「私も驚きました。しかも、殆ど見なれない字ばっかりで…そしてその7年後。それから
ですよ、彼女が有名になったのは…学者の中でも噂は絶えなかったという」
「そうか…そうだったんだな」
「クルスさん」
「?なんだ?」
「どんな事があっても彼女の力になってあげて下さい。私はここを離れることはできませ
んし、力になることもできませんから」
「お、おう!」
「宜しくお願いします」
その頃メルとウィルは食堂についた。
メルはウィルと離れ、お目当ての物を探していた。
「えっと…」
数分後探しまわった結果見るける事ができた
メルは見つけて余程ご機嫌だ。
メルの好きな白身魚フライスペシャルタルタルソース添えはでーんとお皿に盛ってあっ
た。
「はぁ…この広い食堂の中を歩きまわって数分…これが至福の幸せってやつ?」
メルは幸せを噛み締めながら小さな皿を取りだし、料理を皿にのせようとしたその時だっ
た…
「ちょっと待て!学園一の天才少女メル・スターティット!!」
メルのちょうど真後ろに太い声が聞こえた。
メルは何事かと後ろを振り返る。
すると、メルと同い年位の男の子だった。
でも身長はメルの方が高かった。
男の子の背中 には足跡がついていた。
男の子の後ろにいた人達はくすくすと笑っていた。
「…その、なんだ…その白身魚の料理は僕も好きだ…」
男の子はおずおずと答えた。
「うん。それで?」 メルは首を傾げながら言う。
「さっきの屈辱のお詫びとして、お前のやつも頂く!それをよこせぇぇ!」
「嫌だ」
男の子は勢い良くいったが、メルはキッパリと答える。
それも否定的な。
「そのよりさっきの屈辱って?」
「惚けるな!僕の背中を踏んで行っただろう!」
男の子はメルに背中を見せる。
はっきりと足跡がうつっている。
メルは自分の靴を裏返して、彼のついている足跡と比べた。
それは間違いなく自分のだっ た。
「あ、ごめん…」 メルは軽くお辞儀をして謝罪する。
でも、それだけでは彼の怒りは納まらなかった。
「むぐぐ…だからその料理をよこせといってる……」
「嫌だっていってるじゃん。この料理ならあっちにいっぱいあるって!わざわざ私から取
らなくても…」
「お前から取らないと気が済まないんだ!!」
男の子は持っていた杖(持ってたのか)を構えて目を閉じ何かぶつぶつと唱えだした。
「魔法勝負ってやつね。女の子に対してらんぼーなっていいたいんだけど…」
耳を済ますと、男の子の呪文の詠唱が聞こえる…杖の先から青白い光が集まっていた。
「時の門よ、開きたまえ…」
「でも、私は魔法対決だーい好き☆」
メルも目を閉じ男の子のようにぶつぶつと唱えだした。
するとメルの手から赤い光が集ま る。
炎の様に赤い光が… そして、メルの口が止まる。
手の中の炎が解き放ちそうだった。
でも、彼はまだぶつぶつと唱えていた。
「ファイアストーーン!!」 叫んだのはメルだった。
手の中の炎は解き放たれた。でも、そんな強い炎ではなかった。
小さな炎はミゴト彼の頭に命中した。
「あちちちちち…!!」
彼は踊るように跳ね上がり、食堂中を駆け巡る。
食堂いた人達は彼をよけながら平然と食 事を続ける。
メルはガッツホーズを決めた。
「ふふーん♪私と魔法勝負で勝とうなんて1000万年早いよ。まずは私より身長越さな
きゃね。そして強くなったらまた相手してあげる☆じゃーねん♪」
メルはそのまま走り去ってしまった。
「お…覚えてろよぉ!!」 男の子はそう言った。
大きな声で。
…この言葉をいった人は多分10年経っても勝てない だろう(笑)
メルはお腹いっぱい食べたあと自分の部屋に戻りベッドに寝転がった。
「は〜〜。幸せ〜〜」
メルは、まさに至福の幸せを味わっている。
「明日は旅立ちだな」 メルの上を旋回していたクルスが言う。
「うん。そだね」 クルスはメルの笑顔を見て、黙る。
長い沈黙だった。
「どうしたの?黙ったりして…」
「………ごめんな…お前のような女の子に旅なんかさせて」
少し間を開けてクルスが言う。
メルはくすくすと笑う。
「な、何が可笑しいんだ!?」
クルスは少しムッとなった。
「あぁ〜ごめんごめん。昼間よりらしくない事言うから」
「わ、悪かったな…」
「でもありがと。心配してくれて。それに可愛い子には旅をさせろって言うじゃない?そ
れに…」
「それに?」
「外の世界って見たことないの…この16年間。外の世界ってどんなのかな〜?って…だ
から楽しみ。良かったら、クルスが体奪われる前の旅の話いつか聞かせてね」
「あぁ…おうよ!」
「じゃあ、明日は早いからもう寝ようか?」
「そうだな」
「お休み…クルス」
「お休み、メル」
翌日、メルとクルスは学長に見送られた。
「気をつけて下さいね。」
「平気です。それに外の世界って楽しみなんです。」
「でも、油断はしないで下さいね。外の世界というもの危険はいっぱいありますから。」
「はい。」 メルと学長は次々と会話する。
「ほーら、そんなにおしゃべりばっかしてると日が暮れるぞ。」
クルスは2人の会話に割って入る。
「あ、そうだった。じゃもう行きます。」
「つらくなったらいつでも帰ってきていいですよ。ここは貴方の家でもあるんですか
ら。」
「ありがとうございます。それではいってきます…」
メルは学長に背を向き、学園を後にする。クルスはメルの後ろについて行く。
歩けば歩く程学園と見送ってくれた学長は見えなくなった…
第3章に続く