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血液疾患

 GR:血液の機能および生理

     1:赤血球
     2:白血球
     3:血小板

 A:赤血球の異常
     1:貧血
     2:赤血球増多症
 
 B:白血球の異常
     1:顆粒球減少症
     2:無顆粒球症
     3:白血病

 C:血小板の異常および出血性素因
     1:血管因子の異常
     2:血小板因子の異常
     3:凝固因子の異常
     4:薬剤による凝固障害

GR:血液の機能および生理 

 血液は血球成分や血漿成分の機能により多彩な作用を営んでいる。
 これらのうち、赤血球、白血球、血小板の働きが主なもので、ここではこれら3種の細胞について簡略に述べる。

  GR-1:赤血球

 正常数は、男性で約500万個/mm3、女性で約450万個/mm3。
 寿命は約120日。
 大きさは7〜8μmである。
 赤血球の生体における機能は、肺より末梢組織への酸素(O2)運搬である。
 これを担う赤血球中のヘモグロビン(Hb)はまた、組織中よりCO2の運搬にも関与している

                      

GR-2:白血球

 白血球には多くの種類があり,それらはすべて特有の機能を担っており,同一に論ずることではない.
 しかし,これらの機能を概括すると生体防衛機能,とくに感染防御を担っているといえよう.
 そのため機能の場は,赤血球が血管内にとどまって働くのに対し,血管外組織である.

 好中球は侵入した病原菌や異物を貧食し,殺菌,消化し,無毒化するのが主要な役割である.
 この時,好中球のもつ特殊顆粒およびリソソームに含まれる多くの酵素や殺菌物質が貧食空砲内に放出され,
 殺菌,消化に働いている.
 また貧食時に生ずる活性化酵素は強い殺菌作用を発揮する.

 好酸球
も同様に貧食能を有しているが,その機能はあまり明瞭でない.
 アレルギー機作に関与し,免疫複合体を取り込んだり,ヒスタミンや5-ハイドロオキシトリプタミンを不活化
 するといわれている.

 好塩基球
の機能は明らかでないが,同一細胞起源の組織肥満細胞はヒスタミン,ヘパリンなどのアレルギー反応に
 深く関与していることが知られている.

 リンパ球
は免疫現象を担う最も主要な細胞群である.
 白血球のうち25%ほどを占める。
 リンパ球を免疫現象を担う最も主要な細胞群である.
 リンパ球を大別すると,胸腺由来のTリンパ球と、胸腺での影響をうけないBリンパ球とから成り,前者は主として
 細胞性免疫や抗原の認識にはじまる免疫反応の指揮者的役割を果たしている.
 Tリンパ球は,これらの免疫反応を促進するhelper/inducerT細胞やこれを抑制するsupres-sor/cytotoxicT細胞などに
 細分され,近年開発されたモノクローナル抗体によりそれぞれの亜細胞群を認識することができる.
 また後者のT細胞には殺細胞能をもつ細胞群が含まれ,CTL,NK,ADCCなどの働きを行っている.
 NK作用は腫瘍細胞発生をはばむ免疫監視機構を担っている.

 単球は白血球のうち3〜8%を占める。
 白血球細胞の中で最も大きく(12〜18μm)、豆型の核を持つ。
 単球は、感染に対する免疫の開始に重要であり、アメーバ運動を行って移動することができ、細菌などの異物を
 細胞内に取り込み、細胞内酵素を使って消化する。
 断片化した異物を、もともと細胞質内に持っていたクラスIIMHC分子と結合させ、細胞表面に提示し、これを
 ヘルパーT細胞が認識する。
 こうして免疫反応が開始される。
 また単球は血管外の組織や体腔に遊走し、そこで組織固有のマクロファージ(大食細胞)に分化する。
 あるいは、単球とは血管内に存在しているマクロファージと考えることもできる。
 寿命は血液中では10〜20時間、組織中では数か月〜数年である。

GR-3:血小板

 通常の血液中には、10万〜40万個/mm3程度含まれている。
 寿命は3〜10日であり、寿命が尽きると主に脾臓で破壊される。
 血管がなんらかの原因により損傷をうけ,血管内皮がはがれて内皮化の組織が露出すると,血管内では最も
 内皮に近い周辺にそって流れている血小板はただちにその部分に粘着する.
 コラーゲン線維や基底膜に粘着した血小板は,それ自身がもつADPやセロトニンを放出し,その影響をうけて周囲の
 血小板は凝集をはじめ同時に血管も収縮する.
 この反応は血液損傷後数秒以内に生ずることが知られている.
 凝集は集まった血小板自身からのADPのほかに,周囲組織や赤血球からのADPも供給され,ますます大きく,
 強くなる.
 つぎに血小板から放出された血小板第3因子や損傷組織からの組織トロンボプラスチンが働いて血液中の
 プロトロビンをトロンビンに転化し,これは血小板に働いて血小板粘性変態platelet viscous metamorphosisを
 起こさせることになる.

A:赤血球の異常 
A−1:貧血 
 
 貧血の定義

  貧血とは末梢血中の赤血球数,Hb濃度,Hctがその年齢,性の一致する健康な人々の値に比べて減少した
  状態をいう.
  その3種の指標は必ずしも平行して減少しないので,そのような場合には,赤血球の酸素運搬という役割から
  考えてHb濃度の減少を最も重視しなければならない.
  最近の血液像の簡単な記載では,貧血の程度をHb濃度だけで記してあるのをよく見かけるのもこのような
  理由からである.



 貧血の成因ならびに分類
  赤血球数やHb濃度の恒常性は多くの因子によって調節をうけ,保持されている.
  しかし貧血の成因を大別すると,赤血球の産生低下と破壊ないし喪失の増加に求めることができる.



 貧血の成因による分類
  T.赤血球生成の異常による貧血
     (1)造血幹細胞の増殖および分化の障害
         再生不良性貧血,腎性貧血(他の要素も含む),pure red aplasiaなど

     (2)分化した赤芽球の増殖および成熟の障害
         1.DNA合成の障害(巨赤芽球性貧血)
              ビタミンB12,葉酸の穴乏,プリン,ピリミジン代謝の障害
         2.血色素合成の障害(低色素性貧血)
              1)ヘム合成の障害(鉄欠乏,鉄芽球性貧血,ピリドキシン反応性貧血)
              2)グロビン合成の障害(サラセミア症候群)
         3.不明あるいは多数の障害因子による赤芽球生成の障害
              栄養障害,内分泌疾患,慢性疾患,癌,骨髄における腫瘍細胞の浸潤など)

  U.赤血球破壊の亢進
     (1).赤血球自身の異常
         1.細胞形態または膜の異常
             遺伝性球状赤血球症,楕円赤血球症,acanthocytosis
         2.赤血球酵素の異常
             glucose 6-phosphate dehydrogenase(G6PD),hexokinase(HK)
             glucosephosphate isomerase(GPI),
             hosphofructokinase(PFK),triosephosphate isomerase(TPI)
             phosphoglycerate kinase(PGK),
             diphosphoglyceromutase(DPGM),pyruvate kinase(PK),
             glutathione peroxidase(GSH-PX),GSH(おそらくGSH synthetase欠乏による) 
              6-phosphogluconate dehydrogenase(6PGD),
             adenosine triphosphatase(ATPase),glutathione reductase(GSSG-R)
              などの欠乏症
         3.グロビンの異常
             鎌状赤血球症,不安定ヘモグロビン,その他の異常血色素症
         4.ヘムおよびポルフェリンの障害
             erythropoietic porphyria,hepatic porphyria
         5,発作性夜間血色素尿症

     (2)赤血球以外の原因
         1.機械的障害
             march hemoglobinuria,vasular prosthesis,microangiopathic hemolytic anemia,火傷
         2.化学薬品,微生物(マラリヤなど)
         3.抗体によるもの(後天性溶血性貧血)
             isoantibody,warm antibody,cold antibody,薬物反応による溶血性貧血,
             発作性寒冷血色素尿症,erythroblastosis fetalisなど
         4.網内系による赤血球の抑留,破壊急性感染症,脾機能亢進症(hypersplenism)



 貧血の症状
  貧血状態ではHb濃度の減少により皮膚や粘膜面におけるHbの赤色調が減少し,顔色が悪いとか蒼白とかいう
  状態になる.
  粘膜面ではこの減少による色調の低下がよりよく反映されるので,眼瞼結膜や口腔粘膜,舌などの色調をみて
  貧血の程度を知ることは日常診察においてよく行われることである.

  Hbの減少は身体末梢組織へのO2欠乏状態に伴う症状が貧血の自覚症状である.
  低酸素状態は循環系,中枢神経系に鋭敏に影響が現れ,おもな症状はこの不全に基づくものである.
  すなわち,心悸亢進,息切れ,頭痛,耳鳴り,めまい,立ちくらみ,失神発作などがみられ,これらの症状は
  安静時には軽微であっても運動などにより負担がかかり,相対的に低酸素状態が増強されると明瞭に
  現れるようになる.
  また,全身倦怠や微熱がみられることも多い.

 A−1−@:鉄欠乏性貧血

 鉄は赤血球タンパクの主要な部分を占めるHbの必須の成分であり,体内の鉄が欠乏すると赤血球の産生は低下し,
 貧血をきたす.
 これが鉄欠乏性貧血である.
 鉄欠乏性貧血は貧血の中で最もよく見かけるもので,患者数の最も多い貧血である.
 とくに女性に多く,発展途上国では女性の30〜40%がこの貧血状態にあり,先進国でも10〜20%にこの貧血が
 みられるので,患者数は膨大である.
 男性にはこの貧血は少なく1%程度とされている.


 鉄欠乏を起こす原因

  @鉄摂取の不足ないし障害
    食物中の鉄含量の不足,消化吸収異常による摂取不良があげられ,上に述べた発展途上国での鉄欠乏は
    動物タンパク質などの鉄含量が多く,しかも吸収のよい食物の摂取不足によるものである.

  A鉄喪失の増加
    鉄喪失には月経による定期的な出血,とくに月経過多のほか胃潰瘍,痔などの消化器出血,など病的な出血が
    原因となる.

  B鉄需要の増大
    需要の増大には成長期や妊娠がある.



 症状
    鉄欠乏が起こるとまず貯蔵鉄が消費され,ついで血清鉄,Hbの減少が生じ,ついにはチトクロームなどの
    組織の鉄酵素までが減少する.
    このため貧血以外に舌炎食道粘膜異常による嚥下障害(Plummer-Vinson症候群)、匙状爪などの症状が
    出現する.

    臨床症状には貧血に伴う一般的な症状,全身倦怠,めまい,耳鳴り,息切れ,動悸などのほかに上に述べた
    消化器症状がみられる.
    微熱,無力感,軽度の浮腫がみられることもまれでない.



 血液像
  小球性,低色素性の貧血がみられ,Hbの低下に比べ,赤血球数はそれほど減少しないのが特徴である.
  白血球数は正常ないしわずかに減少することがあり,血小板数は正常である.
  骨髄像は赤血球系細胞の増殖亢進がみられ,赤芽球は増加し,白血球系細胞と赤血球系細胞との比(L/E比)は
  低くなる.
  形態的には赤芽球の異常はないが,末梢赤血球は大小不同,小径化,淡染となる.



 検査成績
  血清鉄が著しく減少し,一方,総鉄結合能(TIBC)は増加する.
  この増加は慢性疾患に伴う貧血ではみられないので,血清鉄減少の場合留意すべき所見である.
  鉄欠乏性貧血ではTIBCに占める血清鉄の比が20%以下となる.
  血清フェリチン値も低下する.
  以上の成績より診断は比較的容易であるが,鉄欠乏の原因が明らかでないことがあり,また出血に基づく例では
  原疾患診断が重要である.



 治療
  鉄剤を投与する.
  一般に経口的に鉄剤を投与すれば十分であるが,胃潰瘍などの消化管疾患を伴っていたり,副作用により
  内服不能なときには非経口的に注射剤を用いる.
  このさいには鉄は排泄が微量のため蓄積過剰症をきたしやすいので,必要量を計算式から算出して
  投与せねばならない.

A−1−A:再生不良性貧血

 概念

  この貧血は単に赤血球の減少のみならず白血球,血小板もともに減少する.
  汎血球減少は骨髄における造血の低下に基づいている.
  現在なお,この疾患の原因は明らかでないが,造血幹細胞の異常に基づくものと考えられている.
  しかしこの疾患は単一疾患とはいいがたく,さまざまな病因による一種の症候群と考えるべきであろう.
  近年,この疾患に対する研究が厚生省の研究班を中心として進められている.



 臨床症状
  貧血に伴う一般的貧血症状とともに,血小板減少による出血傾向が認められる.
  白血球減少による易感染性は比較的少ない.
  この貧血は肝炎,発作性夜間血色素尿症,白血病などの疾患と関連が深い.
  治療には対症的に輸血が行われるほか,タンパク同化ホルモン,副腎皮質ホルモン,摘脾などが行われているが,
  必ずしもよい効果がみられない難治例も多い.
  骨髄移植が試みられ,非輸血例ではよい成績をみている.

A−1−B:溶血性貧血

 概念

  溶血性貧血とは,赤血球自体の異常または外因的な原因により早期に赤血球が破壊することによって
  生ずる貧血である.



 病因

  赤血球自体に基づくものとそれ以外のものとがある.
  内因的原因としては,酵素欠損,構造タンパク異常,Hb異常などがあり,外的な原因には赤血球自己抗体,薬物,
  物理的,機械的な障害がある.

  この貧血は病因も多様なため病状も多彩である.
  しかし,赤血球の破壊亢進という共通した現像から生ずる所見として正球性,正色素性の貧血,ビリルビン
  (とくに間接ビリルビン)高値,LDH上昇,網赤血球数の増加,骨髄赤芽球の増生などをあげることができる.

A−1−C:巨赤芽球性貧血

 ビタミンB12や葉酸などの造血に必須な造血ビタミンが欠乏すると,巨赤芽球性貧血が起こる.
 巨赤芽球性貧血は,巨赤芽球とよばれる正常とは異なった形態の赤芽球が骨髄にみられる貧血である.
 そのうちとくにビタミンB12吸収障害に基づく巨赤芽球性貧血を悪性貧血とよんでいる.


 悪性貧血の原因
  ビタミンB12の吸収障害にあり,このビタミンの吸収に必要な胃壁細胞からの内因子分泌欠如にある.
  この疾患では壁細胞や内因子に対する自己抗体の産生がみられ一種の自己免疫疾患といえる.

  悪性貧血の発症には人種的要素が強く,北欧白人に多く,日本人には少ない疾患である.

  葉酸欠乏は多くの原因から起こり,とくに栄養障害によることが多い.
  ビタミンB12は体内貯蔵量が多く,消費量が少ないため摂取量が欠乏してもすぐには貧血はきたさないが,
  葉酸は貯蔵が少ないため欠乏により容易に貧血を起こすことになる.



 臨床症状

  一般的な貧血症状のほか,舌乳頭の萎縮を伴った舌炎(Hunter舌炎)がみられ,悪性貧血では脊髄後索,
  側索の脱髄変化に伴う知覚異常などの神経症状がみられることがある.
  白血球,血小板減少を伴い,大赤血球性貧血が認められる.
  白血球では過分葉がみられ,骨髄では過形成であるが無効造血のためLDH,ビリルビンは高値となる. 
  近ごろは血中のビタミンB12や葉酸を投与する.



 治療
  悪性貧血では吸収障害が病因であるので,注射による非経口的投与を行わなければならない.
  また悪性貧血の場合,葉酸を投与すると血液像は改善するが神経症状の出現,悪化が生ずることがあるので
  注意せねばならない.

A−2:赤血球増多症 
 
 症状

  皮膚や粘膜は充血し、冒頭に記したような神経症状・高血圧の見られることがある。
  赤血球数の増加を反映して、軽度の酸素欠乏でもチアノーゼがみられることがある。検査上、 赤血球数なら
  600万/μl以上、ヘモグロビン濃度なら18.0g/dl以上、ヘマトクリットなら54%以上が相当する。



 分類
 (1)絶対的多血症

   赤血球の産生が異常に亢進しているものを絶対的と呼ぶ。

   @真性多血症
     まれな悪性腫瘍の一種であり、骨髄の異常な増殖により赤血球のほか白血球、血小板とも増加する
     ものである。
     中年以上の男性に好発し、ユダヤ人に発症頻度の多いことが知られる。血小板は増加するものの機能は
     低下しているためむしろ出血傾向を示す。
     急性骨髄性白血病への進行があり得る。

   A二次性多血症(続発性多血症)
     血中の酸素が慢性的に欠乏しているなどの影響で赤血球の産生が促されて過剰に産生されているもの。
     心肺疾患(弁膜症、COPDなど)や睡眠時無呼吸症候群、高地での生活などが原因となるほか、
     エリスロポイエチン(赤血球の産生を制御するホルモン)産生腫瘍も原因となることがある。


 (2)相対的多血症
    赤血球の産生には異常のないものを相対的と呼ぶ。

   @脱水

     下痢、嘔吐、発汗、熱傷などで体液中の水分が失われ脱水症となった場合、相対的な赤血球濃度が
     一時的に上昇する。
     この場合、多血症は輸液の必要量を推測するための目安となる。

   Aストレス多血症
     肥満があるヘビースモーカーの男性によくみられる。
     はっきりとした原因のない多血症。
     短期間で改善する。



 治療
  赤血球の増加によるものの場合、心筋梗塞・脳梗塞などの合併症を回避するとともに自覚症状を軽減する目的で
  瀉血が行われる。
  真性多血症であれば白血病類縁疾患であり、化学療法の適応となる。

B:白血球の異常 
Bー1:顆粒球減少症 
 
 病態と原因

  末梢血中の顆粒球数が正常限界以下に減少した状態を顆粒球減少症という.
  顆粒球とは染色塗抹標本で顆粒が染め出される好中球,好酸球,好塩基球の総称で,骨髄系細胞を示す
  名称であるが,通常末梢血では顆粒球の大部分を好中球が占めるため,顆粒球減少は好中球減少とほぼ
  同義語的に用いられてきた.

  そこで,正確かつ,混乱をさけるため最近ではもっぱら好中球減少症という名を用いるようになっている.
  好中球減少とは好中球数が2,500/p m以下とされている.
  好中球の減少がほかの顆粒球の減少も含め極度となり,末梢血中よりほとんど消失する病態があり,
  無顆粒球症agranulocytosisとよばれている.
  この病名は1922年Schultzによってはじめて記されたもので,高度の顆粒球の減少と高熱を伴う口腔内の
  壊疸性アンギーナを認めた.
  そのため,無顆粒性アンギーナという名が用いられたこともあった.

  これらの病態は好中球の減少に基づく感染の現われであり,感染は口腔内にのみ限局するものではない.
  好中球減少症という名が用いられるときは,単に好中球の減少がみられるだけでほかの臨床症状を伴わないことも
  多いが,無顆粒球症とはアンギーナを含め感染症を合併した特有な病態を意味している.

  好中球減少症は1つの症候であり,多くの病因から成り立っている.
  好中球減少の機序には産生の低下,無効顆粒球造血ineffective granulopoiesis,破壊の亢進,分布異常がある.
  顆粒球産生の低下の原因の多くは薬物である.
  細胞増殖を抑制する抗腫瘍剤を使用したときの産生低下による顆粒球減少は必然ともいえるので,使用に
  あたってはつねに注意が必要である.

  このような薬剤のほかにサルファ剤,抗甲状腺剤,金剤,抗精神薬でもまれに顆粒球産生低下による顆粒球
  減少をきたす.
  このほか,放射線障害による産生低下,遺伝性の産生低下などが知られている.

  破壊の亢進はagranulocytosisのおもな原因である.

B−2:無顆粒球症

 極度の顆粒球減少とともに,上に述べた壊疸性アンギーナなどの感染症状が急激に出現する疾患である.

 病因

  薬剤アレルギー機序に基づく顆粒球の破壊と考えられている.
  このさい,血球減少が顆粒球に限定される場合と血小板,赤血球系にも変化が及び汎血球減少症となる
  ものとがある.
  最初,末端血顆粒球のみの減少がみられるときでも,原因薬剤をそのまま続けていると多くは骨髄までが
  無形性となり,汎血球減少の再生不良性貧血の像を呈するに至る.

  顆粒球減少の機序はidiosyncrasyないしhy-persensitivityといわれる免疫学的機序による破壊の亢進である.
  薬物の服薬により顆粒球に対する抗体が出現し,次回の投与により抗原抗体反応の結果,顆粒球が破壊,
  除去される.
  この機序はまだ完全に解明されたとはいえないが,摂取された薬物をハプテンとした顆粒球との複合体に対する
  抗体が出現し,leukoagglutinineとなって顆粒球が除去されると考えられる.
  ただし抗原となるのは,必ずしも顆粒球との複合体のみとは限らず,血漿成分との複合体に対して抗体が生じた
  ときでも,そこで生じた免疫複合体の顆粒球への付着により同様の現象が起こることが知らされている.

  発症は急激で,発熱,口腔内症状などを伴い急性感染症を思わせるような形で発症することが多い.
  1〜2日,倦怠感などの前駆症状をみることもあるが悪寒,戦慄を伴う発熱がみられ,筋痛,腹痛,関節痛などを
  伴うことが多い.



 症状
  本症の臨床症状の特徴は口腔内症状である.
  最初は咽頭痛,発赤,扁桃の腫脹・発赤などがみられ,まもなく病変部は壊死性となり,潰瘍や汚い灰色苔に
  被われ,出血を伴うこともある.
  歯肉,口腔粘膜,舌などにも壊死性,潰瘍病変がみられ深部に広がる.
  このため疼痛が強く,食物摂取が困難となり,開口すら不能となることもある.
  またまれには結膜,外陰部,肛門などにも同様の病変がみられ,消化管に多発性の潰瘍が生ずることがある.
  皮膚には発病と相前後して薬疹をみることがあり,また皮膚に潰瘍性病変を生じることがある.
  またしばしば敗血症を起こし,予後不良となる.



 検査所見
  検査成績では白血球減少(多くは1,000/p m以下)とともに分類上極度の好中球減少(1〜2%)ないし消失が
  特徴的所見である.
  骨髄も低形成となり,しばしば少数のリンパ球,形質細胞,赤芽球を認めるのみで,骨髄系細胞の完全に消失した
  状態となる.



 治療
  治療の根本原則は,まず発症時ないしそのすぐ前に服用していた薬剤をすべて中止することである.
  そのうえで強力な抗生物質治療を行わなければならない.
  副腎皮質ホルモン投与はアレルギー状態を抑制し,好中球の再生を促すため推奨される.
  好中球減少に対し顆粒球輸血を行うこともあるが,それほど有効ではない.口腔内などの局所的治療と栄養,
  水分の非経口投与を行わなければならない.
  一般に原因薬剤の投与が除去されると,10日前後で好中球の再生をみられるようになり,回復が期待される.

B−3:白血病 
 
 病態

  白血病とは腫瘍化した造血細胞が骨髄,リンパ節など造血臓器をはじめ全身各所に浸潤,増殖する予後不良の
  疾患である.
  本来遊離細胞として血中に流れ出る性格の血液細胞は,浮腫性増殖においても末梢血中に出現する.
  白血病という名は血中の白血病細胞数が著しく高度になると,血液が膿樣に白っぽくみえることから名付けられた
  ものである.



 白血球の分類
  白血病には白血病細胞への出現の少ない非白血性白血病といわれる病型がある.
  厳密には,造血細胞の腫瘍性増殖があるにもかかわらず末梢血に白血病細胞が出現しない病態を指すが,
  一般には,ごく少数の白血病細胞がみられていても白血白血球数が正常値より増加しない例や,白血病細胞の
  %とは関係なく白血球数の増加しない例や,白血病細胞の%とは関係なく白血球数の増加しない例までを
  含むことが多い.

  白血病分類には白血病のさまざまな特徴を,異なったそれぞれの立場から分類しようとするものがある.
  大別すると,
     @臨床経過よりみた急性と慢性の病型
     A白血病細胞の浮腫化した元の細胞の種類による分類,とがある.
  後者には血液細胞のすべてに対応した白血病が存在し,多様な病型がある.

  しかし近年,この病型分類は目的や,細胞の種類や分化の程度の同定の進歩などにより改変をうけている.
  その1つは急性白血病におけるFAB分類である.
  FABとはフランス,アメリカ,イギリスの血液学グループによって提案されるため,これら各国の頭文字を
  とったものである.
  塗抹染色標本と簡単な組織化学染色(ペルオキシターゼ反応,エステラーゼ反応)で診断するもので,
  世界各国に広く採用されている.



 急性白血病のFAB分類

  A)骨髄性白血病の分類
   病型特徴
   M1
    骨髄中の芽球の3%意匠がペルオキシダーゼ陽性であるかAuer小体を有する.ほとんど成熟が
    認められないもの
   M2
    前骨髄球以降への成熟が認められるもの.赤芽球の比率が50%以下で骨髄芽球と前骨髄球の比率が
    50%を越える.
   M3
    前骨髄球性白血病(APL)である.粗大なアズール顆粒とAuer小体の束(faggots)が認められる.
   M4
    骨髄において20%以上が骨髄芽球および前骨髄球で,同時に20%以上の単芽球および前単球の認められるもの
   M5a
    末分化型単球性白血病で前単球の比率が低いもの
   M5b
    前単球の比率が高くこれ以降にも成熟が認められるもの.顆粒球成分は20%未満であり,エステラーゼ染色
    による単球の確認が必要である.
   M6
    骨髄の50%以上が赤芽球であり,それらは奇妙な形態を示している.
    type I blastとtype ll blastの合計が30%以上必要である.


  B)リンパ性白血病の分類
   病型特徴
   L1
    小型の細胞が主体 
    核のクロマチンは均一性である.核は円型でときに切れ込みを有する.
    核小体は不鮮明 細胞質は少量 細胞質の好塩基性は弱いか中等度 
   L2
    大型の細胞が主体
    核のクロマチンは不均一 
    核は不規則な形を示す.核小体は鮮明の大型である. 
    細胞質の量は種々である.細胞質の好塩基性も種々である.
   L3
    大型の細胞で均一である(Burkitt腫瘍型).
    核のクロマチンは繊細かつ均一 核は円型 核小体は鮮明 細胞質は広く,好塩基性が強い.
    空砲形成が著明である.


  C)MDSの分類
   分類特徴
   RA(refracory anemia)
    末梢血の芽球が1%を越えず,骨髄では5%以下である.
   RA with sideroblasts
    RAと異なる点は骨髄有核細胞の15%以上がrin-ged sideroblastで占められる.
   RAEB(refracory anemia with excess of blasts)
    末梢血中の芽球は5%以下で,骨髄中では5〜20%と増加しているもの
   RAEB in transformation
    末梢血中の芽球は5%以上で骨髄でも20〜30%と増加している.
    Auer小体があれば芽球の増加はなくてもこれに分類する.
   CMML(chronic myelomono-cytic leukemia)
    末梢血中で1×10?/L以下の単球増加があり,骨髄所見はRAEBに似るもの 

B−3−@:急性白血病

 発生と臨床像

  白血病は人種により発症年齢分布が異なるが,一般に急性白血病は小児期と比較的高年齢者に好発する.
  小児科には急性リンパ性白血病が多く,成人には骨髄性が多い.

  臨床症状は基本的には各病型によってあまり差はみられない.
  ただし急性前骨髄性白血病acute promyelocytic leukemiaはDICを伴いやすく,きわめて出血傾向が強い.
  とくに治療をはじめると細胞破壊に伴い白血病細胞からprocoagulantが放出され,DICをきたしやすいので
  注意せねばならない.
  なお,急性単球性,骨髄単球性白血病ではほかの病変に比べいくぶん歯肉の腫脹や肛門,膣などの
  潰瘍病変が多い.

  急性白血病の3大徴候貧血,出血傾向,発熱(感染)である.
  これらはそれぞれ白血病の骨髄病変による赤血球,血小板,白血球の産生障害に基づくものである.
  これらの症状は突然現れることが多いが,倦怠感,微熱,頭痛などの前駆的な期間のあとに発症することもある.
  このほかに比較的よくみられる症状としては,口腔・咽頭の病変,骨関節痛,表在リンパ節腫脹などがある.
  肝脾腫はあっても軽度である.

  口腔内病変としては咽頭病,歯肉の腫脹,潰瘍,出血,口腔粘膜,咽頭の出血,潰瘍などがある.
  これらの症状を初発症状として歯科医を訪れることも多い.
  歯肉の著しい腫脹がみられることがあり,これは前に述べたように単球性ないし骨髄単球性白血病に多いが,
  必ずしも特異的なものではない.

  出血傾向としては皮膚,粘膜などの紫斑,歯肉出血,鼻出血,血尿などがみられ,抜糸後の持続的な出血が
  白血病を発見する端緒となることがある.
  消化管出血,脳出血などもしばしばみられる症状であるが,近年治療中の出血傾向は血小板輸血によって著しく
  改善された.
  DICによる出血傾向の増悪にはつねに注意が必要であり,フィブリノーゲンやFDPの測定が重要である.

  発熱は腫瘍熱のこともあるが,多くは感染症によるものであり,なかでも起炎菌の明らかでない敗血症がしばしば
  認められる.
  呼吸器感染症も多い.

  強力な抗白血病化学療法に基づく汎血球減少状態(nadir)ではとくに感染が頻発するが,なかでも真菌症や
  ニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)などの日和見感染は免疫不全状態に伴う重篤な予後因子である.



 診断
  診断には血液像の検索による白血病細胞がみられない例(非白血性白血病)があるので,骨髄尖刺による
  骨髄像の検索は必須である.



 治療
  急性白血病は有効な治療を施さねば3〜6カ月で死亡する.
  近年の白血病治療の進歩は目覚ましく,著しく生存の延長がみられ,5年以上の長期生存例や治癒例すら
  みられるようになった.
  とくに小児の急性リンパ性白血病では予後の改善が著明で,半数以上は5年以上の生存が見込まれ,3/1には
  治癒を期待できるまでになった.
  そのうえ骨髄移植による治療が実用化され,ますます治療成績の向上が期待される.

B−3−A:慢性白血病

 病態

  慢性白血病は慢性骨髄性白血病(CML)と慢性リンパ性白血病(CLL)が主要なものである.
  両者はともに緩徐に発症し,時には自覚症状もなく,たまたまの血液検査によって発見されることがある.

  CMLでは貧血,脾種ならびにその圧迫症状がおもな所見で,微熱,体重減少,出血傾向などのほかpriaoismは
  独特の症状である.
  リンパ節腫脹はCLLに比して比較的軽い.
  顆粒球の増加,幼若球の出現,骨髄における顆粒球増殖,好中球アルカリホスフィターゼ値の低下のほか,
  染色体分析によるフィラデルフィア染色体の検出が診断に有用である.

  CLL
は老齢者に多く,一方,脾種はCMLに比して軽度のことが多い.
  病期の進行に伴って貧血の出現,血小板減少がみられるようになり,これを指標としてRaiの病期分類がある.
  肺感染症がしばしば認められ,また自己抗体の出現による自己免疫性溶血性貧血の合併をみることも
  まれではない(10%ないしそれ以上).



 診断

  末梢血中の成熟小リンパ球樣白血病細胞の絶対的な増加,白血病細胞の表面免疫グロブリン検査による  
  monoclonalityの確認などが重要である.  
  慢性白血病の治療にはアルキル剤の投与が重要である.
  CMLでは急性転化(blastic crisis)という白血病細胞の末分化状態への移行が生ずると治療効果は望まれず,
  予後不良となる.
  CLLにはこのような急性転化はみられない.

C:血小板の異常および出血性素因(hemorrhagic diathesis) 

 出血性素因とは(hemorrhagic diathesis)

  血液は心臓や血管の中など凝固しては困るところでは凝固せず,組織損傷があり,止血を必要とするところでは
  凝固するといった調節機構(止血機構)をもっている.
  この調節機構に障害をきたし,異常に出血しやすく,いちど出血すると容易に止血しない状態を出血性素因という.

  止血機構は基本的には,
    @血管の収縮
    A血小板の粘着・擬集
    B血液凝固
    C線維素溶解現象
などが作動する.

  したがって,これらの系の1つ,あるいはいくつかが異常をきたし,出血性要因となる.
  一方,止血操作および出血の広がりなどに関しては,血管外因子としての組織の構造,すなわち組織が粗であるか,
  密であるか,などが問題となる.
  出血性要素の症例では,歯肉出血,粘膜出血など,口腔内出血を初発症状,あるいは主症状とすることがあり,
  このような場合口腔内症状が局所のみの問題であるのか,全身疾患の部分症状として現れているのか,的確な
  判断を下せることが重要である.
  すなわち,全身的処置が優先し,主たる処置を内科あるいは適当な科に委ねるほうがよいか,局所的処置が優先し,
  歯科医が治療すべきか,の判断ができることである.



 出血性要因の原因別分類

  A.血管因子の異常
      1.アレルギー性紫斑病
      2.遺伝性出血性毛細血管拡張症
      3.壊血病
      4.単純性紫斑病
      5.老人性紫斑病
      6.Ehlers-Danlos症候群  など

  B.血小板因子の異常
   (a)数の異常
      1:特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
      2:続発性血小板減少性紫斑病
         など
   (b)機能の異常
     a)血小板癒着・擬集不良の疾患
        1)血小板無力症(Glanzmann)
        2)マクログロブリン血症
        3)先天性無フィブリノーゲン血症
     b)血小板第V因子活性低下の疾患
        二次的血小板機能異常症
        1)先天性心疾患(VSD,PDA)
        2)尿毒症
        3)白血病
        4)肝硬変症
     c)アスピリン大量投与
                 など
  C.凝固因子の異常
       1.血友病A
       2.血友病B
       3.血管内血液凝固症候群DIC
       4.パラ血友病(第X因子欠乏病)
       など

 D.線維素溶解現象の異常
      線維素溶解性紫斑病など

 E.その他
      von Willebrand病など

C−1 血管因子の異常 
  C−1−@ アレルギー性紫斑病allergic purpura(Schonlein-Henoch Purpura)

 なんらかの引き金により,抗原抗体反応が内皮細胞に生じ,血管の透過性が亢進して,滲出と出血をきたすと
 考えられる紫斑病である.

 原因

  感染,ことにβ溶連菌の感染によるものが多く,時に食物,薬剤(サイアザイド,水銀,ヨードなど)によることがある.
  いずれの年齢層にもみられるが,小児科領域,ことに3〜7歳に最も多くみられる.男子は女子の約2倍の頻度である.



 症状
  通常,急性の上気道炎感染後1〜3週して,紫斑が出現する.
  紫斑は皮膚のアレルギー性病変,すなわち蕁麻疹,紅斑,水疱,ヘルペス樣発疹などを伴っていることがあり,
  四肢の関節周辺にみられることが多い.
  躯幹,粘膜に生ずることは比較的少ない.
  関節の自発痛・圧痛など関節症状が主体となっているものをHenoch’s purpura,消化管の出血,疼痛など
  消化管症状が主体となっているものをSchonlein’purpuraという.



 検査所見

  出血時間は正常,もしくは軽度延長.毛細血管抵抗性も,必ずしも減弱を示さない.
  血小板数・機能,凝固能は正常.赤沈の促進,ならびに軽度の多核白血球増加,好酸球増加がみられる.



 診断

  特徴的な紫斑,関節,あるいは消化管症状,ならびに概往などから.また臨床検査成績がほとんど正常で
  あることなどから.



 治療

  血管強化剤,抗ヒスタミン剤などが用いられる.
  副腎皮質ホルモンは関節痛,腹痛などに有効であるが,紫斑に対しては無効である場合が多いといわれる.
  多くは紫斑の出没を繰り返しながら,数週間で自然軽快する.

C−1−A 壊血病scurvy

 病態
  ビタミンC欠乏により,毛細血管壁のセメント物質合成が阻害されて,毛細血管の透過性が亢進,さらに
  血管壁周囲の線維芽細胞の異常,コラーゲン線維欠乏による組織緊張性の低下に起因すると考えられている.
  現在では非常にまれな病気となっている.
  ACTHまたは副腎皮質ステロイド長期投与患者にビタミンC欠乏に起因する紫斑が出現するといわれている?.

  成人では,皮膚・粘膜からの出血,ことに歯肉出血,紫斑が特徴的であるが,乳幼児の場合は,骨膜下出血のため
  疼痛,ことに大腿骨下半部の疼痛・腫脹を特徴とし,メルレル・バロー病morbus Moller-Barlowともよばれる.



 診断

  問診により,食餌・環境を知る.白血球のアスコルビン酸含量の測定,アスコルビン酸飽和試験などが確定診断に
  用いられる.
  ビタミンC投与し,24〜48時間後の紫斑の消退傾向で知ることも可能である.


 治療
  ビタミンC投与.

C−1−B:単純性紫斑病purpura simplex

 病態
  時に毛細血管抵抗性減弱を示すこともあるが,すべての止血検査成績が正常であるのに,皮下出血,ことに
  下肢の点状・斑状紫斑を特徴とする疾患である.
  時に粘膜にも出血斑をみることがある.
  原因は明らかでない.婦女子に多く,月経時に発現することがある.とくに治療を必要としない.

C−1−C:老人性紫斑病senile purpura

 病態
  年齢的変化からくる皮下のコラーゲン線維の消失,あるいは変性に伴って,血管,ことに小動脈の支持組織に
  異常をきたし,血管壁がもろくなり,出血すると考えられる.
  直径数o,境界明瞭な,形状不規則な出血斑が,手背あるいは前腕伸側に生ずることが多い.
  特にtourniquet試験陽性となる以外,出血傾向に関する臨床検査で異常を認めない.
  とくに治療の必要はない.

 C−2 血小板因子の異常
    C−2−@ 特発性血小板減少性紫斑病 (idiopathic thrombocytopenic purpura=ITP)

 病態
  血小板減少をもたらす基礎疾患や遺伝性要因はなく,薬剤投与,放射線照射などの外的要因もなく,
  血球全般の骨髄での低形成が認められないにもかかわらず,血小板破壊が亢進している出血性素因である.
  Werhof病ともよばれてきた.



 症型:急性型と慢性型
がある.

  急性型

    3〜9歳の小児に頻度が高く,感染症,とくにウイルス性上気道炎の先行する場合が多い.
    6週間程度で,ほとんどの症例が自然寛解する.

  慢性型

    成人,とくに女子に圧倒的に多く(男子の3ー4倍),自然寛解はない.



 原因

  不明であるが,
  @正常人の血小板を患者に注入すると患者血中ですみやかに破壊される,
  A患者血漿を正常人に注入すると,正常人の血小板減少をみる,
  B本症の多くに(約50%)に抗血小板抗体が見いだされている,
  などから,自己免疫機序が示唆されている.



 症状
  急性型では,感染に伴って産生された抗原・抗体複合物が血小板減少の程度に比例する.
  紫斑は全身の皮膚・粘膜に認められるが,好発部位は四肢,とくに下肢伸側である.
  口腔領域では歯肉出血,口腔粘膜の血腫および出血などがみられる



 検査所見

  血小板数の減少,出血時間の延長,毛細血管抵抗性の減弱,血餅退縮の不良などを認めるが,擬固形検査では
  異常なく,繊維素溶解現象系も正常範囲のことが多い.



 診断

  血小板数の減少とその関連検査所見を参考にし,血小板減少をきたす基礎疾患,薬剤などの外的因子が
  ないことを確認する.



 治療

  副腎皮質ホルモン投与,免疫抑制療法(6-MP,シクロホスファミドなどが用いられる),摘脾などがある.
  頭蓋内出血,消化管出血など重篤な出血症状を呈する場合は,血小板輸血が必要であり,確実に止血効果が
  期待できる.
  抜歯のさい,予防的に血小板輸血を必要とする症例はきわめて少なく,ステロイドホルモン,抗線溶剤の
  補助的療法のもとに十分な局所処置で対応可能な場合が多い.指標は血小板数2ー3万o3,TEGのma値30o,
  K値25o以上といわれる.

  近年ITPの外科的治療のさい,免疫グロブリンの大量療法が注目されている.
  すなわち,免疫グロブリンの大量療法は,血小板数をすみやかに確実に増加させ,反復使用しても効果が
  安定であり,重篤な副作用がないなどの利点をもっている.
  血小板の寿命は,正常では9〜12日であり,本症例の場合1〜7日と短縮している.



 血小板数と紫斑の程度(新版日本血液学会全書刊行委員会編より?引用)
   6〜8万  /o3      軽度減少では自然発生の紫斑はほとんど認めず,ささいな打撲で紫斑傾向。
   3〜6万  / o3      中等度減少では,散発性紫斑
   3万     /o3以下   高度減少では,広汎性紫斑

C−2−A:続発性血小板減少性紫斑病secondary thrombocytopenic purpura

 病態
  ある種の薬剤投与,あるいは疾病に続発して生ずる血小板減少性紫斑病をいう.
  薬剤あるいは疾病により造血組織が障害をうけ,血球全般の産生能の低下をきたした結果,血小板減少が
  みられる場合,アレルギー機序により血小板のみ減少する場合,旺盛な消費のために血小板減少をきたす
  場合などがある。

  造血組織障害をきたすものには,抗腫瘍剤(シクロホスファミド,メソトレキセートなど),抗生物質
  (ストレプトマイシン,クロラムフェニコールなど),鎮痛剤(フェニルブタゾンなど)などがある.
  アレルギー機序によるものは抗生物質(セファロチンなど),降圧剤(メチルドーパなど),強心剤(ジギトキシンなど)
  などがあり,これら薬剤がハプテンとして働き,血小板と複合抗体となって作用するといわれる.



 検査所見

  ITPに同じ.



 診断

  検査所見と問診による.



 治療

  原因の除去,あるいは原疾患の治療

 C−2−B:血小板無力症thrommbasthenia,Glanzmann'strombasthenia

 病態

  血小板数は正常であるにもかかわらず,機能異常のため出血時間が著しく延長する常染色体性劣性遺伝形式を
  とる出血性要因である.
  男女両性に発現する.Glanzmann(1918)が最初に報告した.

  血小板はADPによる一次擬集の欠如を特徴とするが,その本能は膜構成タンパクの異常によるもので,それと
  ともに血小板フィブリノーゲンや血小板収縮タンパクthrombosthenin Sの欠乏などが指摘されている.

  出血症状は生後まもなくから現れ,生涯続くもので,出血程度にはかなり個人差がある.
  皮下ならびに粘膜下出血はしばしば認められ,歯肉出血もみられるが,関節内あるいは筋肉内などの深部
  出血は通常みられない.



 検査所見

  凝固系および血小板数は正常.出血時間の延長,血餅退縮の穴如ないしは著明な低下,血小板はコラーゲン
  には正常に粘着し,血管内皮細胞に対しても正常に粘着するが,ADP,コラーゲン,トロンビン,エピネフリンに
  よる凝集の穴如ないしは低下がみられるとされる?.



 診断

  血小板数が正常で,出血時間が著明に延長し,血餅退縮が認められれば本症を疑い,ADP凝集の穴如が
  確認されたら確定する.



 治療

  根本的治療はなく,対症療法,新鮮血,多血小板血漿,濃厚血小板などの補充療法が止血法として確実である.
  歯肉出血,抜歯後出血に対しては,オキシセルなどによる局所圧迫止血で十分のことが多い
 
C−3:凝固因子の異常
  C−3−@:血友病A hemophilia A, classical hemophilia

 病態
  古典的血友病ともいう.
  血漿中の血液凝固第VIII因子(antihemophilic factor)のタンパク構造の異常により,凝固活性を示さないことに
  起因する先天性の出血性要因である.
  第VIII因子樣抗原は正常で,第VIII因子凝固活性の欠乏であることがわかり,第VIII因子欠乏症とするよりは,
  むしろ第VIII因子の分子構造の異常症と解釈されている.

  通常,遺伝子は女子によって伝播され,男子にのみ羅患する伴性劣性遺伝形式をとるが,まれに女子に
  出現することがある.
  また,散発性(偶発性)の症例もあり,血友病Aで42%,血友病Bで39%程度は遺伝性が確認されていない.
  頻度的には,血友病Aは血友病Bの約4倍程度多い.



 症状
  出血傾向は出生時より発現し,深部組織の出血,ことに関節内,筋肉内の反復する出血が特徴的である.
  関節内出血は関節の変形,骨萎縮をきたし,関節強直症となることがある.頭蓋内出血による死亡が多い.
  口腔内出血は乳歯の萌出時(6カ月〜2年),乳歯列から永久歯列への交換期の歯脱落,不用意な抜歯などに
  よって起こることが多い.



 検査所見
  出血時間,血小板数,トロンビン時間(外因性機序の検査であるため)は正常,毛細血管抵抗性陰性,
  全血凝固時間,部分トロンボプラスチン時間,二次出血時間の延長,部分トロンボプラスチン時間は,カオリン,
  あるいはエラジン酸を使用した活性化部分トロンボプラスチン時間を用いるほうが有効.部分トロンボプラスチン
  時間に異常のある場合は,既知重症血友病A患者血漿を基質として交叉試験を行うか,第VIII因子の定量を
  行って確認する(正常値50〜200%,重症型1%以下,中等症1〜5%,軽症5〜25%).

  トロンボプラスチン形成試験(TGT)は内因性トロンボプラスチン形成異常に鋭敏に反映するので,当然異常値として
  現れるが,近年各種凝固因子欠乏血漿が市販されているため,直接凝固因子の定量を行う場合が多い.



 診断
  男性にみられる先天性出血性素因で,家族歴に既往がある場合,比較的容易に疑える(ただし,偶発性出現も
  かなりあるので,家族歴がないからといって否定はできない).
  臨床症状としての深部組織の特徴的な出血.特有の検査所見から.



 治療

  根本的治療法はない.
  出血に対して補充療法が行われる.
  新鮮血,新鮮凍結血漿,クリオプレチピテート,濃縮製剤の順で発達してきたが,現在では濃縮製剤の輸注が
  一般的である.
  補充療法のほかに,尿崩症の治療剤である抗利尿ホルモン合成剤1-d-amino-8-D-arginine vasopressinが
  第VIII因子活性ならびに第VIII因子関連抗原,von Willebrand因子の産生を増加し,止血に有効との報告がある.



 補充療法時の副作用
  (a)一過性の輸入反応(アレルギー樣反応):

  (b)肝炎全血あるいは血漿を用いた場合,約2%に肝炎(B型肝炎,C型肝炎)
    多人数によるクリオ沈殿剤高力価第VIII因子濃縮製剤を用いても増加の傾向にはないとされている.

  (c)溶血性貧血:患者赤血球が製剤中の抗A・抗B凝集素に感作されて,起きることがある.

  (d)第VIII因子に対するinhibitorの出現:反復輸入により発生するが,その頻度は日本では2,3〜3,5%と
    欧米の6,2〜6,5%に比しかなり低く,発生しない人もあり,原因について現在十分に説明されていない.

  (e)AIDS(acquired immunodeficiency syndrome)
    血友病A保因者を免疫学的検索で,90%以上の確率で診断できるとの報告がある.
    すなわち,血友病A保因者の第VIII因子凝固活性(VIII:C)/第VIII因子関連抗原(VIII R:AG)の比は,保因者が
    正常女性の1/2となっている. 

C−3−A:血友病B homophilia B, Chrismas disease

 病態
  血液凝固第IX因子の障害により,臨床症状,遺伝形式,病態生理などが血友病Aと類似する出血性素因である.
  第IX因子が真に欠乏している症例が90%で,血友病B?,第IX因子タンパクは有するが凝固能は存在しない
  ものが10%で血友病B?と区別されることがある.
  クリスマス病,PTC(plasma thromboplastin compo-nent)欠乏症ともいわれる.



 検査所見

  血友病Aとほぼ同様であり,欠乏因子の定量は第IX因子を行う.



 診断

  血友病Aと同様の臨床検査,遺伝形式臨床症状であるが,検査は第IX因子について行う.
  また臨床症状では,血友病Aに比し重篤な出血は少ない.



 治療

  根本的治療はない.
  補充療法の場合,第IX因子は第VIII因子と異なり,貯蔵安定であるため,新鮮全血,保存血も有効であるが,
  一般的にkonyne,あるいはPPSBなど血漿からの凍結乾燥濃縮剤が使用されている.
  ただし,第II,VII,X因子が含有されている.

C−3−B:血液内血液凝固症候群(DIC:syndrome of disseminated intravascular coagulation)

 病態

  血液は通常,血管内で凝固することはないが,なんらかの機転により凝固能が亢進し,血管内で単発性ではなく
  播種性に微小血栓をつくることがあり,これを播種性血管内血液凝固dissemina-ted intravascular coagulation(DIC)
  という.

  このさい,血漿中に存在する凝固因子(線維素原,第V,VIII因子など)や血小板を大量に消費する一方,生じた
  血栓を取り除くために,線溶現象が亢進する(二次線溶という).
  その結果として,凝固異常,出血傾向をはじめとするいろいろな症状・病態を現すことになり,これらを総称して,
  血管内血液凝固症候群という.

  本症候群は必ず,悪性腫瘍,重症感染症など,なんらかの基礎疾患を有し,急性あるいは慢性に経過する.
  基礎疾患による臨床所見のほか,さまざまな症状がいろいろの程度にみられるが,出血傾向,組織の虚血による
  中枢神経症状・循環系症状(心筋梗塞を疑わせる所見など)・腎症状(欠尿ないし無尿など)などもある.



 検査所見

  血小板数の減少,出血時間の延長,プロトロンビン時間・トロンビン時間の延長.凝固時間・部分トロンボプラスチン
  時間は必ずしも延長しない.



 診断

  臨床症状,起しやすい疾患,ならびに診断に必要な検査を参考にして.



 治療

  基礎疾患の治療を忘れてはならない.
  ヘパリンによる凝固亢進の阻止.
  時にプラスミン剤を使用することがある(原則として,最初に使用してはならない).
  止血剤として組織トロンボプラスチン製剤の使用は慎んだほうがよい.



 急性DICを起こす頻度の高い疾患

   1.感染症
     1)グラム陰性菌(髄膜炎菌,大腸菌,クレブシエラ,プロテウス)による敗血症
     2)グラム陽性菌(肺炎球菌,黄色ブドウ球菌)による感染症
     3)purpura fulminans
   2.悪性腫瘍および白血病
     1)前立腺,肺,胃,膵,大腸,胆嚢癌の転移,とくに胃癌の播種性転移
     2)急性前骨髄球性白血病
   3.血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)
   4.homolytic uremic syndrome
   5.溶血性疾患,とくに不適合輸血
   6.Kasabach-Merritt Syndrome(巨大血管腫)
   7.広範な組織破壊
     1)火傷
     2)熱射病
     3)広範な外傷
   8.外科的疾患
     1)体外循環
     2)手術後(肺,肝,膵,前立腺)
   9.産科的疾患
     1)敗血性流産
     2)常位胎盤早期剥離
     3)羊水塞栓
     4)妊娠中毒症
     5)子宮内死児長期稽留



 急性DICの診断の検査(松岡松三より引用)

  ※赤沈値の促進がないこと(1時間値15〜20o以下)
  ※出血時間の延長(血小板数の減少による)
  ○血小板数の減少(10万/o?以下)
  ○フィブリノーゲンの減少(150r/dl以下)
  ※塗抹標本にて変形赤血球が認められる.
  ○プロトロンビン時間の延長(15秒以上-正常12秒)
  ○アンチトロンビンVの減少
  ○血清FDPの上昇(10〜20?g/ml以上)
  ○トロンビン時間の延長(15秒以上-正常12秒)
  △α2-プラスミンインヒビターの減少
  △β-トロンボグロブリンの上昇

  ○のうち4項目以上が陽性ならまず誤りない.
  ※決定的ではないが簡単で重要な参考になる
  △重要であるが検査が容易ではない.

Cー4:薬剤による凝固障害