|
|
神経細胞死の機序 |
NPC 細胞でのコレステロール輸送の異常はクリアカットなのだが、これが組織/個体レベルでの病理変化を説明するか、となると別の話になる。NPCでの主要な病理学的変化は神経細胞の進行的脱落であり、これが患者の直接の死因である。その細胞レベルでの病理(細胞内脂質蓄積)と組織レベルでの病理(神経細胞死)の因果関係を明らかにする目的で、これまでに遺伝学的方法(NPC1と
LDL受容体またはガングリオシド合成酵素のダブルノックアウトマウスの表現型の解析)(1,2)や薬理学的方法(コレステロール/ガングリオシド合成阻害薬などの効果の解析)による研究が行われてきたが、結果はいずれもネガテイブであり、脂質蓄積そのものが神経細胞死の原因ではないと考えられている。いろいろな手がかりからの研究が行われているが、注目すべき結果として、ニューロステロイドの投与によりNPCマウスの寿命が延びることが報告された(3)。
(1) Xie, C., Turley, S.D. & Dietschy, J.M. (1999) Cholesterol accumulation in tissues of the
Niemann-pick type C mouse is determined by the rate of lipoprotein-cholesterol
uptake through the coated-pit pathway in each organ.Proc. Natl. Acad.
Sci. USA 96, 11992-1197. [Pubmed]
(2) Liu, Y., Wu, Y.P., Wada, R., Neufeld, E.B., Mullin, K.A., Howard, A.C.,
Pentchev, P.G., Vanier, M.T.,
Suzuki, K., & Proia, R.L. (2000) Alleviation of
neuronal ganglioside storage does not improve the clinical course of the
Niemann-Pick C disease mouse.Hum.
Mol. Genet. 9, 1087-1092. [Pubmed]
(3) Griffin L.D., Gong W., Verot L. and Mellon S.H.
(2004) Niemann-Pick type C disease involves disrupted neurosteroidogenesis and
responds to allopregnanolone. Nat. Med. 10, 704-711. [Pubmed]
NPC is not a disease of cholesterol storage but its shortage.
 ニューロステロイドの投与によりNPCマウスの寿命が延びたことは、ecdysoneまたはその前駆体であるコレステロールの投与によりdnpc1a欠損ハエのフェノタイプが改善したことに対応する。これらの事実は、重要なメッセージを含んでいる。それは、NPCでの本質的な問題は、コレステロールの蓄積ではなく、その不足にあるということである。
|
|
|
|
コンパートメントモデルで考えてみる。上の図で、
A: 外から来るLDL由来コレステロールのプール。これはNPCでも同じ。
B: エンドゾーム/ライソゾームのコレステロールプール。
C: エンドゾーム/ライソゾーム以外の細胞内コンパートメントでのコレステロールプール。コンパートメントCには、plasma
membrane, endoplasmic reticulum, mitochondria などがすべて含まれる。
Bでコレステロールが増加していることは、フィリピン染色・透過電顕などの形態学のデータから、おそらく正しい。これに対して、Cでコレステロールが減少しているという直接の証拠はない。Bでコレステロールが増加しているという事実からの推測にすぎない。
この推測が正しいと仮定する。NPCではBの蛇口からのフローが低下しているので、Bでコレステロールが増加し、Cで減少する。この2つの増減の関係を考えてみると、Bでの増加は、蛇口への圧力を高くすることにより、Cでの減少を軽減する方向へ働いているはずである。
増加と減少と、どちらが神経細胞死の原因なのか。ニューロステロイドの効果(マウス)、コレステロールの効果(ハエ)は、Cでの減少が原因であることを示唆する。これが正しければ、NPCの治療の目的は、コレステロールをCに供給することでなければならない。Bでの増加がCでの減少を補うならば、それを軽減しようとすることはこの目的に反している。個体レベルで考えると、NPC患者がコレステロールの摂取を制限する理由はない。残念ながら、神経細胞へのコレステロール供給は食事中のコレステロールに依存しないので、コレステロールを過剰に摂取することも無意味である。もちろん、Bの蛇口を開くことができれば(NPC1/NPC2を戻すことができれば)、このimbalanceは解消する。
[上記推論の弱点]
- コンパートメントCがheterogenousである。ステロイド合成のためのコレステロールが問題ならば、ミトコンドリアのコレステロールを定量しなければならない(現在の技術では不可能)。
- 神経細胞でのコレステロール供給系は抹消細胞とは異なる。
- マウス、ハエで得られたデータがヒトにあてはまるという根拠はどこにもない。
Dietschy グループ (University of Texas Southwestern Medical School)の反論
Steroidogenesisを行う組織(副腎、卵巣、睾丸)へのコレステロール供給系は、3つある。
- LDL-derived cholesterol (LDL-receptor 依存性)
- HDL-derived cholesterol (scavenger receptor class B type I 依存性)
- De novo synthesis
NPC1欠損マウスでの副腎、卵巣、睾丸のコレステロールエステル量は変化していない。さらに、血液中のステロイドホルモンの濃度は逆に増加している。従って、このマウスでは1.
LDL由来コレステロールはうまく使えないのだが、 2. 3. 経由のコレステロールで十分に補える。
NPC1 欠損により、ステロイド合成系へのコレステロール供給が低下するのは、神経細胞と、ハエの
ring organ でのみ起きることと考えるべきである。
Xie C, Richardson JA, Turley SD, Dietschy JM. (2006) Cholesterol substrate
pools and steroid hormone levels are normal in the face of mutational inactivation
of NPC1 protein. J Lipid Res. 47, 953-963. [Pubmed]
PXR as a potential therapeutic target of NPC (Aug 2006)
Oryのグループから、ニューロステロイド(allopregnanolone:allo)の作用機序についてのnew story。転写因子pregnane X receptor (PXR)の合成リガンドT0901317は単独では無効だったが、alloと一緒に投与すると、NPCマウスの寿命をさらに延ばした。T0901317, alloはともにPXRのアゴニストとして働く。
[comment] PXRが関与する可能性を指摘しただけで、その証明がない。NPC1/PXR
double KOでは効かないことを示してほしい。T0901317が単独では無効だったことをどう説明するのか。さらに、PXRの活性がNPCマウスの脳で低下しているという証拠もないし、NPCの細胞レベルでの表現型とどう結びつくのかも不明。
わからないことだらけであり、「PXRがalloのターゲットである」という一点に絞ってもその証明は不十分である。しかし、臨床的なインパクトは大きい。Alloは確かにマウスでは有効だが、これが実際に治療薬としてヒトNPC患者に投与可能かどうかはわからず、その是非の検討には数年を要すだろう。それに対して、すでにヒトに投与され安全性が確認されている薬物のいくつかがPXRを活性化させることが知られており、これらはヒトNPC患者に投与可能である。例えば、論文の最後に触れられている
St. John's wort (link/Wikipedia)は、ハーブの一種であり処方箋なしで入手できる。
[NPC患者の保護者の方へ]
上記の薬物がヒトNPCに対して有効であるという証拠は、現在のところ全くありません。ヒトNPC患者に投与した時にどのような効果があるのかは予測できず、最悪の場合、逆に病状を悪化させることもあり得ると考えます。市販のハーブ製剤であっても、もしNPC患者への投与を望まれる場合、まず主治医にご相談ください。
S. Joshua Langmade, Sarah E. Gale, Andrey Frolov, Ikuko Mohri, Kinuko Suzuki,
Synthia H. Mellon, Steven U. Walkley, Douglas F. Covey, Jean E. Schaffer,
and Daniel S. Ory. Pregnane X receptor (PXR) activation: A mechanism for
neuroprotection in a mouse model of Niemann-Pick C disease. PNAS published
August 29, 2006, 10.1073/pnas.0606218103 [link/pnas]
Dr. Mellonのグループ(UCSF)は、University of Pennsylvaniaのグループと共同でNPC1欠損ネコに対するallopregnanolloneの効果を検討中(2007 Tucson meeting)。ネコの場合も、生後3週間を過ぎると(いくつかの神経学的データに改善は認められたものの)神経症状の発症を遅らせることはできず、寿命も伸びなかった。これに対して、生後1日目から投与した場合は明らかに神経症状の発症を遅らせることができた。現在これらのネコの経過をフォローしているところ。
Dietschy のグループ からさらに反論/サイクロデキストリンが有効!?(Jan 2009)
2004年、Dr. Mellonのグループがallopregnanolloneの論文を発表した後、いくつかのグループがその再現を試み、確かに効果を再現できたのだが、問題となったのはallopregnanolloneの溶媒 veheicle として使われていたcyclodextrinにもなんらかの効果があるように見えたことだった。Dietschyのグループはこの点を徹底して検討し、allopregnanolloneの効果と考えられたものは実はcyclodextrinの効果であると報告した。
Liu B., Turley S.D., Burns D.K., Miller A.M., Repa J.J. & Dietschy J.M. (2009) Reversal of defective lysosomal transport in NPC disease ameliorates liver dysfunction and neurodegeneration in the npc1-/- mouse. Proc. Natl. Acad. Sci. Epub ahead of print. [Pubmed]
このデータは二重の意味でインパクトが大きい。まず第一にニューロステロイドの効果を否定していること。これが本当なら、NPCはコレステロールの枯渇によるという仮説も成り立たなくなる。その場合、ドロソフィラのデータはどうなるのか。Mellon グループが反論してくれるといいのだが。第二に、サイクロデキストリンが治療薬として使える可能性を示していること。サイクロデキストリンは脂溶性の薬物のキャリアーとして使用されているので、経口投与では問題はないだろう。しかし、これを injection でヒトに投与しても大丈夫というデータはあるのだろうか。これらの疑問に加えて、さらに作用機序が問題になる。
Dr. Walkleyのグループからも追試のデータが報告された(Sept 2009)。内容は基本的にDietschyの論文の内容と同じ。
Davidson C.D., Ali N.F., Micsenyi M.C., Stephney G., Renault .S, Dobrenis K., Ory D.S., Vanier M.T., Walkley S.U. (2009) Chronic cyclodextrin treatment of murine Niemann-Pick C disease ameliorates neuronal cholesterol and glycosphingolipid storage and disease progression. PLoS One. 2009, 4, e6951. [Pubmed]
|
NPC as deregualtion of lysosomal calcium homeostasis/クルクミンによるNPCフェノタイプの改善 (Sept. 2008)
 オックスフォードのDr. PlattのグループからNPCの発症機序についてのnew story。Dr. Plattは薬理学者で細胞内カルシウムが専門。
Lloyd-Evans E., Morgan A.J., He X., Smith D.A., Elliot-Smith E., Sillence D.J., Churchill G.C., Schuchman E.H., Galione A. & Platt F.M. (2008) Niemann-Pick disease C1 is a sphingosine storage disease that causes deregulation of lysosomal accumulation. Nat. Med. 14, 1247-1255. [Pubmed]
データを要約すると、
- NPC1欠損細胞ではライソゾーム内のカルシウム濃度が低下している。
- ライソゾーム内のカルシウムをキレートすることにより、NPC phenotype(コレステロール蓄積)をつくることができる。
- U18666AでNPC phenotypeを誘導したとき、最初に蓄積するのはsphingosineである。コレステロールは遅れて蓄積する。
- Sphingosineを細胞外から投与すると、ライソゾーム内のカルシウム濃度が低下し、NPC phenotypeが誘導される。
- NPC1欠損細胞をクルクミン curcuminで処理し細胞内カルシウム濃度を増加させると、NPC phenotypeが消失した。
- NPC1欠損マウスにクルクミンを経口投与すると、成長遅延、運動障害などのフェノタイプが改善し、寿命が延びた。
クルクミンはERのカルシウムポンプを阻害して細胞内カルシウム濃度を増加させる。同様の薬理作用をもつ薬物としてはサプシガルギン thapsigalginのほうが一般的だが、サプシガルギンに比べて毒性が低く、生体に投与できる。この論文では、サイトゾルのカルシウム濃度を増加させ、ライソゾームでの濃度低下を補う目的で使われている。
NPCの病理について、データを因果関係で並べ替えると、
- NPC1の欠損
- Sphingosineの蓄積
- ライソゾーム内のカルシウム濃度の低下
- コレステロールおよび糖脂質の蓄積
- 神経細胞死
NPC細胞でsphingosineが蓄積することは古くから知られていた。コレステロールの輸送障害が明らかになる前、1980年代にはこれが killer moleculeと考えられていたこともある。この論文のひとつの目玉はもう一度この分子に着目したことだろう。ただし、sphingosineがカルシウム濃度低下の原因であるという証拠 - U18666A処理細胞で時間的に先行すること、sphingosine投与でmimicできること - はいかにも弱い。単純には、sphingosineが蓄積しなければなにも起きないというデータが欲しいのだか。
この論文のもうひとつの目玉はin vivoでのクルクミンの効果であり、これがNat Med に掲載された理由だ。ERのポンプを阻害してサイトゾルのカルシウム濃度を上げ、二次的な効果としてライソゾームでの濃度を上げるというシナリオだが、カルシウムイオンの毒性を考えるとといかにも乱暴な話に聞こえる。 しかし、当然のこととして、このマウスでのデータのインパクトは大きい。クルクミンはサプリメントとして市販されており、ヒトに投与しても比較的安全と思われる(例えば、上で出てきた
St. John's wortと比較して)。欧米では、NPC患者に対する薬物療法としてmigulstat (Zevesca) とクルクミンの併用が一般的になりつつある。
Updated Oct. 2009
VEGFによるNPCフェノタイプの改善 (Nov. 2014)

Lee H, Lee JK, Park MH, Hong YR, Marti HH, Kim H, Okada Y, Otsu M, Seo EJ, Park JH, Bae JH, Okino N, He X, Schuchman EH, Bae JS, Jin HK. (2014) Pathological roles of the VEGF/SphK pathway in Niemann-Pick type C neurons. Nat Commun. 24, 5514. [Pubmed]
上記の Nat Med 論文と同じく、sphingosine が killer molecule であるという仮説に立って病態の説明を試みている。NPC1欠損細胞、マウス組織(特にPrukinje細胞)ではsphingosine が蓄積すると同時に sphingosine-1-kinase の活性が低下しており、これは VEGF (vascular endothelial growth factor) のレベルが低下しているためである。VEGF を投与することにより、患者由来 iPS 細胞での autophagy を抑制し、NPCマウスのフェノタイプを改善することができた。
Last updated Nov. 2014 |
ページトップへ戻る
|