N 博士 handle name Haruaki
Website
TOP PROFILELINK
 
コレステロール トランスポートの異常としてのNPC 

NPC1がトランスポーターであるか否かはいまだに確定していない。確定するためには、トランスポーターに必要な3次元構造をもつことに加えてin vitroでの再構成系でトランスポーター活性を持つことを示さなければならないが、どちらも困難なタスクであり、NPC1がクローニングされてから15年、誰も成功していない。この問題を棚上げすると、その欠損の表現型からNPC1/NPC2がエンドゾーム系からのコレステロール・トランスポートに必要であることは明らかであり、NPCはトランスポーター病のひとつであるといってよい。このページでは、トランスポーター病としてのNPCについて、他疾患との関連を記述する。はじめに、トランスポーター病のイントロダクションに代えて、びっくり病を紹介する。

びっくり病 (Startle disease/hyperekplexia) OMIM

ものに動じないひとがいるように、驚きやすいひとがいる。「なんでそんなに驚くの?」と笑ってすませるようならいいのだが、驚いて飛び上がって転倒してけがをしてしまう、となると病気の範疇に入る。Startle disease/hyperekplexia は、転倒に至るまでに亢進した驚愕反射を主徴とする遺伝性疾患である。古くは1878年 Beard G によるJumpers or jumping Frenchmen of Maine (1) の記載に始まり、1966年Suren et al. により単一の疾患として記載された(2)。以来これまでに100例近くの報告がある。1984年、京大病院の研修医だった私は日本で初めてのケースを報告した(3)。2015年の今、この疾患の一部はチャンネル病であり、別の一部はトランスポーター病だと理解されている。

臨床的な特徴は、驚きやすい、その反応がひどい、ということにつきる。典型的には、歩いていて不意に声をかけられたとき、何かにつまづいた時などに、驚いて全身の筋肉が硬直して棒のように倒れてしまう。この時意識は清明であり、「倒れる!」という恐怖を感じるが身を守る動作ができない。筋緊張の亢進は倒れてしまうと同時に消失し、普通に起き上がれる。このようなエピソードのため、顔面が怪我だらけになる。脳波その他の検査所見では異常は認められず、epilepsyではない(4)

 
遺伝形式 常染色体性優性または劣性、散発例も多い
原因遺伝子 glycine receptor or transporter
発症 新生児期からの筋緊張の亢進
症状 驚愕反射の亢進、頭後屈反射
診断 epilepsyなど、他疾患の除外/遺伝子診断
経過 良好、自然寛解がある。ただし、外傷による死亡例もある。
治療方法 clonazepamなどのbenzodiazepine系薬剤が有効
 

(1) Beard G. (1878) Remarks upon jumpers or jumping Frenchmen. J Nerv Ment Dis 5, 526.

(2) Suhren O, Bruyn GW & Tuynman A (1966) Hyperexplexia, a hereditary startle syndrome. J Neurol. Sci. 3, 577-605.

(3) 二宮治明 他 (1984) Startle disease の一例、臨床神経学、24、778-781
.

(4) Saint-Hilaire M, Saint-Hilaire J, & Granger L (1986) Jumping Frenchmen of Maine. Neurology 36, 1269-1271.

Startle diseaseの一部 はチャンネル病であり、別の一部はトランスポーター病である

生理の教科書を見ると、筋緊張の相反性支配というのが必ず載っている。下の図で、脊髄前角の運動神経が興奮してその支配下の筋肉を収縮させる。すると、収縮した筋肉の筋紡垂から求心性のシグナルが入り、拮抗筋を支配する抑制性の介在神経を興奮させる。これにより拮抗筋の緊張が低下し、主動筋・拮抗筋の筋緊張のバランスがとれてスムーズに動く。

 

筋緊張の相反性支配 (医科生理学展望から引用)

 
この回路で出てくる抑制性神経の伝達物質はグリシンである。そのシナプスのところを拡大して見てみると、プレシナプスから放出されたグリシンはポストシナプス膜のグリシン受容体に結合し、これを活性化する。グリシン受容体 (GlyR) はa2/b3の5量体からなるクロライドチャンネルであり、活性化によるクロライド流入は膜電位を過分極の方へ向かわせる。一方、放出されたグリシンはプレシナプス膜のトランスポーター (GlyT2) によって細胞質にとりこまれ、さらに小胞にある別のトランスポーターによって再びシナプス小胞に濃縮される。

1993年、startle diseaseの家族例の連鎖解析から、GlyR a subunit の変異が検出された (1)。その後複数の変異が同定され、変異の種類によってdominantであったり、recessiveであったりすることも判明した。これは、クロライドチャンネルが5量体であることからうまく説明できる。さらに、同様の症状を示すマウスの系統、spasmoticspasticでもGlyRの変異が見つかった (2)。GlyR が働かないと、筋緊張の相反性支配がうまくいかず、筋緊張が瞬間的に亢進したとき(びくっとした時=驚いた時)に手足が棒のようになってしまう。GlyRの変異の同定以来、startle diseaseはチャンネル病のひとつであると理解されていた。

2006年、GlyRに変異の見つからない症例の遺伝子解析から、GlyT2の変異が検出された (3)。放出されたグリシンが取り込まれないので、プレシナプスのグリシンが枯渇してしまい、筋緊張の相反性支配がうまくいかなくなる。すなわち、startle diseaseの一部はチャンネル病ではなくて、トランスポーター病である。
 
グリシンによるシナプス伝達とびっくり病での遺伝子変異
 

(1) Shiang R, Ryan SG, Zhu YZ, Hahn AF, O'Connell, Wasmuth JJ. (1993) Mutations in the alpha 1 subunit of the inhibitory glycine receptor cause the dominant neurologic disorder, hyperekplexia. Nat Genet. 5, 351-358

(2) Ryan SG, Buckwalter MS, Lynch JW, Handford CA, Segura L, Shiang R, Wasmuth JJ, Camper SA, Schofield P, & O'Connell P. (1994) A missense mutation in the gene encoding the alpha 1 subunit of the inhibitory glycine receptor in the spasmodic mouse.Nat Genet. 7, 131-135.

(3) Rees MI, Harvey K, Pearce BR, Chung SK, Duguid IC, Thomas P, Beatty S, Graham GE, Armstrong L, Shiang R, Abbott KJ, Zuberi SM, Stephenson JB, Owen MJ, Tijssen MA, van den Maagdenberg AM, Smart TG, Supplisson S, & Harvey RJ.(2006) Mutations in the gene encoding GlyT2 (SLC6A5) define a presynaptic component of human startle disease. Nat Genet. 38, 801-806.

Note 1 Hyperekplexia
「驚愕反射の亢進」は症候論ではhyperekplexiaと呼ばれる。hyperexplexiaとの記載もあるが、原著によるとhyperekplexiaが正しい。

Note 2 予期しない刺激の処理
「筋緊張の相反性支配がうまくいかない」ことは、「手足が棒のようになる」ことを説明するが、「驚きやすい」ことを説明しない。予期しない刺激(音、触覚、なんでもよい)を処理する脳幹部のシステムにもグリシンが絡んでいるはず。グリシン受容体は、脳幹部から脊髄に発現しているが、それより上の中枢神経系では発現していない。


チャンネル病とトランスポーター病

生理の教科書に戻る。水、電解質などの極性のある低分子は脂質二重膜層を通過できず、それらを細胞内に入れる/細胞から排出するためには、膜に埋まったたんぱく質が必要である。相手にする分子、および性質の違いから、これらのたんぱく質はチャンネルとトランスポーターに大別される。

チャンネルが通すのは水または電解質である。その構造上の特徴として、必ずポアを形成し、開閉いずれかの状態をとる。分子の移動は濃度勾配に従い、エネルギーを必要としない(passiveである)。開閉を制御するメカニズム(gating mechanism)がある。これに対して、トランスポーターは電解質、アミノ酸、糖、金属、薬物など、水以外のありとあらゆる低分子の輸送を担う。その構造、機能ともに、チャンネルに比べるとルーズであり、ポアを形成してもしなくてもよい。輸送方向は濃度勾配に従うこともあれば、従わないこともある(active, または能動輸送)。Gating mechanismはない。Gating mechanismがないことは、たんぱく質の量、そして、それがどこにいるか、で輸送能力が決まることを意味する。

チャンネルとトランスポーターの構造と機能
 

チャンネルたんぱく質をコードする遺伝子の変異によりさまざまな遺伝性疾患が生じることが明らかになっており、startle diseaseもそのひとつである。まとめてチャンネル病と呼ばれるが、そのほとんどの表現型は直感的に理解できる。たとえば、水チャンネル AQP2の機能欠損で尿崩症を生じ、ソディウムチャンネル SCN5 またはポタシウムチャンネル HERG の機能欠損で Long QT syndrome (心電図のQT間隔が長くなり、不整脈を起こしやすくなる)を生じる。悪性高熱は麻酔科医の悪夢であり、骨格筋のライアノジン受容体の変異のため麻酔薬の副作用で筋壊死をきたす。嚢胞性肺繊維症 (cystic fibrosis: CF) はクロライドチャンネル CFTRの変異による。これは日本人には聞きなれない疾患だが、欧米では発症率の高いありふれた疾患であり、肺胞上皮細胞の機能障害により、呼吸器感染症を起こしやすくなり、肺が繊維化する。

代表的なチャンネル病とその原因遺伝子

同様に、トランスポーターをコードする遺伝子の変異によってもさまざまな遺伝性疾患が生じ、トランスポーター病と総称される。Startle diseaseもそのひとつである。チャンネル病と同様、表現型はストレートに理解できるものが多い。Bartter症候群、Gitelman症候群はともに腎での電解質の輸送障害により血中の電解質平衡の異常をきたす。Glucose transporter SGL1の欠損では消化管からの糖の吸収がうまくいかない。Tangier病ではABCA1の欠損により血管内皮細胞からHDLへのコレステロール・トランスポートがうまくいかず、低HDL血症と動脈硬化を生じる。ABCG5/G8の欠損では、胆汁・消化管へのコレステロール排出がうまくいかないために高脂血症になる。

これらに対して、中枢神経症状を呈すトランスポーター病の表現型を説明するのは難しい。Menkes病・Wison病では、銅のトランスポーターであるATP7A/ATP7Bの欠損のために神経症状を生じる。NPCでは細胞内でのコレステロールの輸送がうまくいかないために神経症状を呈す。これらの疾患において、なぜ銅、コレステロールの輸送異常が神経障害をきたすのかはわからない。

代表的なトランスポーター病とその原因遺伝子

Note 1. ABCA1/ABCG5/G8とNPC1L1/NPC1
コレステロール・トランスポーターの局在と欠損のフェノタイプについてまとめておく。小腸上皮細胞では、消化管とコレステロールをやりとりする。入れるほうがNPC1-Like1であり、これは欠損しても何の症状もない。むしろこのトランスポーターが働かないことは、先進国の飽食の人々にとっては高脂血症・肥満の予防につながる。出すほうがABCG5/G8のヘテロダイマーであり、この欠損は高脂血症の原因になる。ヒトでは同じセットが肝細胞と胆管系の間でも同様に働いているらしい。

末梢細胞では、血管系とコレステロールをやりとりする。LDL受容体を介して入ってきたコレステロールを運搬するのがNPC1であり、この欠損はNPCである。HDLへコレステロールを排出するのがABCA1であり、この欠損はTangier病である。

コレステロール・トランスポーターの局在と欠損のフェノタイプ

ABCG5/G8の欠損による高脂血症では、動物性のステロールであるコレステロールよりは植物性のステロールであるphytosterolの血中の値が高くなる。これは、ABCG5/G8がphytosterolにより特異的なトランスポーターであることを意味する。

Note 2. ATP7A/ATP7BとNPC1L1/NPC
コレステロールと銅の輸送に関わるトランスポーターはその局在と欠損のフェノタイプに似たところがある。NPC1L1がコレステロールを体循環系に入れるのと同様に、銅を体内に入れるのがATP7Aであり、この欠損は銅の枯渇による神経疾患(Menkes病)をひきおこす。NPC1L1が無くてもこまらないのは、われわれがコレステロールを生合成できるからであり、ATP7Aが無いとまずいことになるのは銅を生合成できないからである。一方、NPC1が細胞内にはいってきたコレステロールを運搬するのと同様に、はいってきた銅を運搬するのがATP7Bであり、この欠損は銅の蓄積による神経疾患 (Wison病) をひきおこす。

NPC/NPC1L1によるコレステロール輸送と、ATP7A/ATP7Bによる銅の輸送

Phylogeneticalに考えると、消化管を持たない単細胞生物にはNPC1L1、ATP7Aは必要なかったはずで、これらはそれぞれNPC1、ATP7Bがduplicateしてできた遺伝子であると推察できる。小腸上皮細胞でこれらの遺伝子を使う理由は、その一次構造のなかに記述されているはずである。

Note 3. Menkes のATP7AとNPC1L1では、小腸上皮細胞のなかでの働きが異なる。Menkes病の小腸上皮細胞では、(他のすべての細胞とは逆に)銅が蓄積しており、ATP7Aは小腸上皮細胞の細胞内での輸送を担うとされている。これに対して、NPC1L1欠損の小腸上皮細胞ではコレステロールは枯渇している。

Tangier, Maine, Nova Scotia

このページに出てくる疾患の名前は、Wilson/Menkes/Niemann-Pickなど、たいていは最初にその疾患を記載した医者の名前に由来するが、Tangier病は例外であり、これは地名である。この病名は、その患者がアメリカ東海岸のTangier島に集積していることに由来する。1878年のstartle diseaseの最初の記載は、アメリカ東海岸メイン州のある村に住むフランス人たちが驚いて飛び上がるという奇妙な行動を示したことを記している。古い教科書ではNiemann-Pick病の分類のひとつにNiemann-Pick disease type D (NPD;Nova Scotia型)が記載されているが、これはメイン州の北、Nova Scotia地方に患者が集積していることによる。現在では、NPDはNPC1の変異 G992W によることが判明しており、NPCに含まれている。NPC1 G992W について、1600年代にNova Scotiaに住んだフランス人夫婦Joseph MuiseとMarie Amrout がともにこの変異のキャリアーだったことが判明しており、この地方の患者はすべてこのふたりのいずれかのアリールを継承している。

Tangier/startle disease/NPCのいずれも「非常にまれな」という枕言葉がつく遺伝性疾患だが、以上のことはこれらの「非常にまれな」疾患がわれわれに認識されるようになった歴史的背景を物語る。1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見した後、ヨーロッパからの移民が東海岸にやってくる。メイフラワー号がボストンの南の港町プリモスに着くのが1620年である。小船に乗ってわたってきた少人数の集団が、各々の新天地に定着し、世代を経てゆく。移動手段の発達していない時代にあって遺伝子プールの均質化が進み、各疾患の患者が集積することになる。

Tangier/startle disease/NPCは、1964, 66, 72年に各々遺伝性疾患としてカテゴライズされた。ダーウィンが「種の起源」を刊行したのは1859年である。その約100年後、1953年にワトソン&クリックがDNAの二重らせんモデルを発表する。21世紀の始めの今、私たちは、各々の疾患の原因遺伝子と、それが遺伝性疾患である理由を知っている。およそ疾患というものが自然の一部であり、それをコントロールすることが人類の目的であるならば、次の目標はこれらの疾患を治療することにある。それが夢で終わるのか、それとも、現実になる日がくるのか。

ページトップに戻る

 

 


Thank you for visiting my site.
E-mail: ninomiya38@sea.chukai.ne.jp
(c) copyright 2007 All Right Reserved