書の35

沢野字の謎  沢野ひとし 椎名 誠 木村晋介 目黒考二  著   本の雑誌社

はじめに宣言しよう。
「沢野ひとし氏は、日本一のコピーライターでもある。」

沢野氏が登山家であり、作家であり、なによりイラストレーターであることは周知の事実である。氏の小説は叙情的であり、美しさの中に寂しさがある。そして氏の学生時代からの友人である椎名誠氏の小説に添えられたイラストも同様に叙情的である。沢野氏のイラストのない椎名作品は、きっと物足りなく感じることだろう。
しかしなんといっても沢野氏といえば、シーナエッセイのイラストが珠玉である。
それはエッセイに添えられたものでは決してなく、エッセイの内容から逸脱せずに無関係であり続ける。叙情的なイラストから、突然「シュール」という言葉が顔を出す。1冊の本の中にシーナワールドとサワノワールドが両立しているといってもよい。
そんな沢野氏のシュールなイラストには、独特な文字で言葉が添えられていることが多い。イラストとまったく同じ線で書かれた文字である。たとえば「本の雑誌」(本の雑誌社)の表紙をご覧いただきたい。これが大変よい。

「本の雑誌」といえば、沢野、椎名両氏に加えて、目黒考二氏、木村晋介氏を忘れてはならない。そしてこの4人の雑談というのが極めておもしろい。「発作的座談会」(本の雑誌社)をはじめとして、座談会が何冊も刊行されている。
「沢野字の謎」は「発作的座談会特別編」と位置づけられたその中の1冊だ。

この本での「雑談」のテーマは、「本の雑誌」の表紙を飾った、あるいはボツになった、沢野氏のコピーの数々を「妻」「教訓」「犬」などのブロックに分類、ブロックごとに優秀作を選び、さらにその中からグランプリを決める、というものである。
いやはや、ずらりと並んだ沢野氏のコピー、そのシュールで秀逸で奥深いことといったら!そのいくつかをここでご紹介しようかとも思ったが、それはやめよう。実際に読んでいただいた方が趣がある。言葉そのものもだが、やはりあの「字」の発する空気にもひとつの趣があるのだ。

この座談会のおもしろいのは、メンバーの中に「字」の創作者がいるという点である。創作者は、他のメンバーが作品にどのような評を下すかを聞き、「そうじゃないんだよ」という主観的意見を述べるかと思えば、「なるほど、自分もそう思う」という客観的意見を口にする。それどころか、「これが好きだなあ」と自画自賛まで。他のメンバーは創作者がその場にいないかのように罵詈雑言を浴びせたと思えば褒めちぎる。ちぎるまではいかないか。褒める。まったくもって奇妙な座談会である。

一昔前、コピーといえば、どれだけ意表をつくか、どれだけ現実社会から遊離しているか、がポイントであった。沢野氏のコピーはシュール、すなわち超現実的でありながら現実とどこかで密着している。それがあの字と相まって不安を伴う快感を演出する。それが計算ずくではないところが気持ちよい。ちなみに時折混ざる「計算された」コピーは、メンバー諸氏によってケチョンケチョンに貶されている。

すべてを表現する会話があった。
椎名「深い意味はねえよ(笑)。」
目黒「それを言ったらこの本の企画が成立しない(笑)。」

これらのコピーがどんなイラストとともに表紙を飾ったのだろう?
そう思ったあなたのために。
同じく本の雑誌社からは「発作的座談会番外編 沢野絵の謎」という、同じメンバーによる座談会集も出ている。セットでどうぞ。