キッチン カナリア

ジャンル:洋食
場所:東京都新宿区西早稲田
学生街には安くてうまい店が多いものだ。そんな中の1軒。
たいてい「キッチン」とつくと洋食中心の定食屋である。学生さんは昼時、人によっては夜も、この手の店に入り、生姜焼き定食やメンチカツ定食を食べる。キッチンの名を掲げながら「ポークジンジャー」などと言わぬところがたいへんよい。

「カナリア」は「キッチン」の中では珍しく定食屋ではなかった。というより基本的なメニューは2つしかなかったのだ。
小さな店である。カウンター中心で10人も入れただろうか。カウンターの中にはおじさんとおばさん。注文を聞いて、皿を出して、皿を下げるのはすべておばさんの仕事、おじさんは決して鍋の前から離れようとはしない。
メニューは「カレーライス」「スタミナライス」。プレーンの2つにそれぞれバリエーションがある。生たまごを乗せたものとゆでたまごの輪切りを乗せたもの。すなわちメニューは6種類だ。「カレー」「生カレー」「ゆでカレー」「スタライ」「生スタ」「ゆでスタ」。この6つ以外の言葉は不要だった。

おじさんが立ちつくす場所には2つの寸胴鍋が、常時、火にかけられていた。1つがカレー、もう1つがスタライのアタマ。注文があると平皿にご飯を盛り、レードルでどちらかをかける。おたまではなくレードルというところが渋い。その手つきがまたステキだった。きちっと決まった量しかかけませんよ、多すぎたらタイヘンです、という細心の注意がレードルの先端から感じられるのである。

カレーは黄色ではなく、アメ色に近いもの。誠に残念なことに、わたくしはこのカレーを1度も食べたことがない。いつもスタライだったのだ。
スタライとはなにか、きっと疑問に思っておられよう。「スタミナ〜」ほど定義のない食べ物も珍しい。ある店のスタミナ丼はモツ炒めがドバッと乗っていたし、別の店ではレバニラの卵とじというものが乗っていた。さて、「カナリア」のスタミナライスは?
麻婆豆腐だったのである。いわゆるマーボ丼。
しかし麻婆豆腐は基本的に炒め物なわけで、煮物では決してない。それを敢えて鍋でずっと煮込み、ご飯にかける。辛みが足りない、という方はテーブル上にあるラー油をかける。そしてなにより、ここが一番大事なところだが、おいしいのである。加えてとにかく安かった。プレーンが380円か480円だったように記憶している。もちろん昼時は行列である。

近くの大学が休みになると、この店も休む。夏休み期間中は2ヶ月近くずっと休み。休みが開けるとついふらふらと立ち寄ってしまう。
体をこわされた、とかでしばらく店を休んでおられたが、最近哀しい知らせがあった。閉店してしまったという。また1つ、あの界隈の好きな店が消えた・・・・