高松スポーツクラブ

    

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 高松スポーツクラブとは、スポーツを通じて会員相互の親睦をはかり、また町の活性化に助力する事を目的として鳥取県境港市高松町に結成された団体です。

 私たちの高松町(たかまつちょう)は、鳥取県の西の端、弓ヶ浜半島の先端に位置する境港市(さかいみなとし)にある町です。境港市は人口約3万8千人の市です。幅300〜400メートルの境水道(海峡)を挟んで対岸には島根半島がのびています。

 その島根半島が天然の防波堤となって、日本海の荒波を防いでいるおかげで、境港市は日本海側屈指の漁港であり貿易港のまちとなっています。

 平成12年10月6日に発生した鳥取県西部地震で、震度6強を記録した所としてご存じの方もいらっしゃると思います。

 高松町の世帯数は200戸余り、人口は約750人です。高松スポーツクラブは、そんな町に生まれたスポーツを愛好する者たちの集団です。

 前身は昭和56年に結成された「高松自治会 野球部」です。昔も今も人気の高い野球を通じて若者の気持ちを束ね地域興しをする。そんなアイデアから野球部は生まれました。

 参加したのは若者に限らず地区の幅広い年齢層に及びました。野球を愛するたくさんの人たちが集まったのです。野球部の活躍はめざましいものでした。

   野球部は当時から野球だけでなく、市内一周駅伝大会やバスケットボールカーニバル、市民総体バスケットボールの部等にも多数のチームを積極的に出場させてきました。

昭和61年 境港市社会人野球 2度目の優勝

境港市一周駅伝 レース後の写真

 このように各種のスポーツを愛好する人達の集まりであり、活動の場をもっと大きく広げる意味からも平成6年に今の「高松スポーツクラブ」に改称されました。 

 市内の野球大会の数が減り、野球自体をする環境が少なくなってきたとき、新たに加わったスポーツが「ボート」でした。いわゆる市民レガッタで、四人漕ぎのナックル艇でのレースです。

 境港ボートレースや米子市民レガッタ、県体ボートの部、山陰マスターズレガッタ等で「高松自治会A」と して、後には「高松スポクラA」として優勝を含め輝かしい記録を残してきました。

 第2回山陰マスターズレガッタ出場

 第4回山陰マスターズレガッタ出場

 そして、平成7年には秋田県本荘市で行われた「第4回全国市町村交流レガッタ」の壮年の部で優勝しました。

第4回全国市町村交流レガッタ 本庄大会へ出発!  (米子空港出発ロビーにて)

  

 平成12年度会員名簿によると、会員数41名。最高齢64歳、最年少22歳、平均年齢30.9歳です。最近うれしいことは、社会人になった会員の子供が入会してくるケースです。高松スポーツクラブに入りたくて地元に帰ってきた青年もいます。私たちは家族や地域の人たちも各種スポーツ競技やクラブの集まりに参加できるようにしてきました。そうしてきた歴史が次の世代をつくっているといえます。

   家族には「お父さん楽しそうだね」とよく言われます。ここでは50歳の人も25歳の人 も友達です。そして子供の時のように無邪気になれるのです。

                       

スポクラ&子供会合同餅つき大会準備

順番に餅つきをする子供たち

 

  高松スポーツクラブは平成12年、野球部結成からかぞえて20周年を迎えました。

だれか一人の強いリーダーに導かれるのではなく、その時々の役員と彼らを支える会員の協力、そして次の世代へのバトンタッチがじょうずにできているからこそ、これほど長い 間続いているのだと思います。 

 

  私たちは、自治会(=町内会)活動に対しても様々な面でその団結力で協力しています。近年スポーツクラブなくしては町内の各種行事も支障をきたすほど重要な役割を担うようになってきました。

 

  高松スポーツクラブの特徴をあげてみると、会費制である、一年単位で入会、退会が何度でも自由である、入会年齢に制限なし(お酒が飲める年齢ならなお良し)、家族や地域住民も含めた活動をする、そして何よりスポーツを愛好する人の集まりである等々。

 高松スポーツクラブの競技記録も是非ご覧ください。

自治会活動の打ち合わせ

 FBIモルダー特別捜査官の休日。 スカリーはどこ?

売り上げ絶好調!(盆フェスタにて)

  冒頭の「汗と酒と友と」は、平成7年に刊行した15周年記念誌のタイトルですが、同時に高松スポーツクラブの最終目的でもあります。

 「スポーツでをかき、を酌み交わしながら語らい、情の和を広げる。」

 

私たちの高松スポーツクラブはこのような団体です。

 

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