回転シェル


 回転シェルは、80年代後半に「ラジオ技術誌」で盛んに紹介されていましたが、最近は記事が少なくなってしまいました。
 しかし、回転シェルを高く評価をされている方々は、今でも多くおられるようですね。

 現在入手できる市販の回転シェルは、「ラジオ技術誌」が通信販売しているRS−3のみです。
 でも入手可能なだけでも奇跡的状況なのかもしれませんね。
 しかもこのRS−3は、ラテラル・バランス調整が可能な素晴らしい製品です。

 回転シェルの理論的考察は、私には手に負えません。
 基本的には「応力を逃がしてやる」、「シェルとトーンアームとの振動系を分離する」などと理解しています。
 「ラジオ技術誌」の92年5月号で、堀井資朗氏が回転シェルの詳しい考察をされていますので、興味のある方は参照してみてください。


回転シェルの効果

 回転シェルの効果としては、「高域が滑らかになる」、「分離、定位が良くなり、音像が小さく引き締まる」、「奥行きや広がりが良くなる」、「トレース能力が向上する」、「レコード内周の大振幅部分でも、音が歪みにくい」といったことが云われています。
 しかし一方で、「音像の実体感が弱い」、「超低域のアタック感が後退する」、「中域が薄くなる」などの指摘もあります。
 
 導入するかしないかは、それぞれの方の求めるものの違いによると思います。
 でも、多くの方は回転シェルそのものを手にされたことが無いというのが実情でしょう。
 最近のアナログ・プレーヤーのトーンアームは、シェル一体型が多いですので、ますます回転シェルが使いにくくなっています。
 もっと多くの方に回転シェルの音を体験していただけたら、世の中の評価も違ってくると思います。


リニアトラッキングなのか

 回転シェルに関するネット情報を見てみますと、回転シェルは「レコード溝の接線に添って自動的に回転する」とか、「リニアトラッキングである」というような表現をよく見ます。
 このことが、回転シェルの大きなメリットであると主張されておられる例がありますが、これは誤りです。

 実際に回転シェルを自宅でお使いになられた方は、皆さん気が付いておられると思いますが、回転シェルはそのような動きをしません。
 実態は、オフセット角を持っている通常のアームを、ストレートアームにしてしまうような動きをします。


 図のAはアームの水平回転軸、Bは回転シェルの回転軸及びカートリッジのカンチレバーの支持支点、Cは針の位置です。
 Cの針はレコード溝の抵抗によって、矢印の接線方向へ引っ張られます。
 Aの位置は動きませんから、AとCが一直線になるように、Bの回転軸が動きます。
 その結果、AとCを結ぶピュア・ストレートアームが出来上がります。
 オフセット角が付いた通常のアームの場合は、レコード外周に針を下すと、カンチレバーが外側を向くようにシェルが回転するはずです。

 力学的には上記の理屈なのですが、使用の実態では、出力リード線の「曲がりの弾力」がかなり影響している場合や、回転軸の初動感度が低い場合が多く、外周に針を下した時点の角度が、そのまま内周まで続いてしまうことが多いと思います。
 つまり、針を下した時点で適切なオフセット角が付いていると、それが最後まで角度を保ったままになるので、それを「リニアに追従する」と勘違いされているのではないかと想像します。

 では、そのような「リード線の弾力」や「初動感度の低さ」が、回転シェルの効果を低めているのかというと、決してそうではありません。
 回転シェルの効果の大きな要因は、水平面におけるアーム本体とカートリッジの振動系を分離することにあります。
 指で軽くサブ・シェル(回転するシェル部)を左右に振って、スムーズに動くようでしたら、十分効果を発揮するはずです。


アンダーハング

 通常のオフセット角の付いたアームをお使いの場合では、外周から内周のトータルのトラッキングエラー角を最小にするために、オーバーハングに設定してあります。
 つまり、ターンテーブルの回転軸より、針位置が外側(通常は15mm前後が多い)になるように、アームベースの位置決めがしてあります。

 ピュア・ストレートアームの場合は、内周〜外周のトラッキングエラー角を最小にするために、アンダーハングに調整し直す必要があります。
 つまり、ハング調整の際に、ターンテーブル回転軸より、針位置が手前になるようにして、レコード上のある点でトラッキングエラー角が0になるよう調整します。
 通常のオフセット角の付いたアームで回転シェルを使う場合は、アーム・ベースの位置を遠くへずらす必要があります。

 Aがアームの水平回転軸、Bが針位置、Cがターンテーブル軸
 通常のアームではオーバーハングに調整してあるが、ピュア・ストレートアームだと、トラッキングエラー角が多大になる
 アンダーハングに調整し、トラッキングエラー角が0になる点を必ず設定するようにする



回転軸と合わせるのは

 かつて市販されていた回転シェルRS−1の取り扱い説明書を読むと、カートリッジを取り付ける際に、シェルの回転軸の位置とカートリッジのカンチレバーの支持支点の位置(ダンパーの根元部分)を一致させるように指示されています。
 この場合の力学的な説明は上記のとおりですが、私はこれによらず、シェルの回転軸と針の位置を一致させるように調整しています。

 回転シェルの効果の大きな要因は、水平面におけるアーム本体とカートリッジ振動系を分離することにあると記しましたが、この振動系の分離を徹底するためには、シェルの回転軸と針の位置を一致させて、更にサブ・シェルの重心と回転軸を一致させるように、水平面の重量バランス(ラテラルバランス)をしっかりと調整すると良いと思います。
 ラテラルバランスの調整によって、回転の初動感度が高まるはずです。

 シェルの回転軸とカンチレバーの支持支点を一致させた場合
 シェルの回転軸と針位置を一致させた場合

 回転軸と針位置をしっかり一致させて、サブ・シェルのラテラルバランス調整が上手くいくと、レコード再生中にサブ・シェルを左右に振っても、アーム本体は微動だにしません。
 サブ・シェルを振っても、アームの水平回転軸から針までの長さ(実効長)が変化しませんし、アーム全体のラテラルバランスが保たれているためです。

 この時も、針はレコード溝を「リニアトラッキング」で追従することはなく、サブ・シェルは概ね一定の方向を向きます。
 この場合、サブ・シェルの向きに関しては、シェル・リード線の弾力が大きく影響しているように思います。


ラテラル・バランス


 上の写真の左側に突き出ているネジが、ラテラル・バランサーです。
 ネジの位置を前後に調整することによって、サブ・シェルの前後の重心を回転軸と一致させるようにしています。
 ネジを2個使って互いに締め込むと、しっかりと位置を固定できます。

 サブ・シェルの左右の重心調整は、カートリッジの微妙な左右位置の調整によって行いますが、大抵のカートリッジなら左右の重心と針位置が一致するはずです。
 一致しない場合は、ボディ横に鉛シートを貼って調整します。

 ヤジロベエを想像すれば分かるように、軸受け位置に対して、サブ・シェルの重心ができるだけ低い方が安定します。
 上の写真の回転シェルでは、サブ・シェルに軽いカーボン材を使い、サブ・シェルとカートリッジの間にアルミ製のスペーサーを挟んで、重心を低くするようにしています。


リード線

 さて、回転シェルの初動感度に対して、出力リード線の弾力はたいへん悪影響を及ぼします。
 サブ・シェルが円滑に左右に動くように、リード線には十分に柔らかいものを使いたいものです。

 一方で、リード線があまり細すぎますと、振動による鳴きが発生します。
 私は、リード線の振動は好ましくないキャラクターを生むと考えますので、+−のリード線を絡げたりして、振動の発生を少なくするよう心掛けています。
 「回転の円滑さ」と「リード線の振動」は、相反要素ですので、各々の考え方に従って折り合いをつける必要があります。

 サブ・シェルの前後の重心調整をする場合にも、リード線の扱いに悩みます。
 現状ではリード線の重さを含めて重心調整をしていますが、リード線の弾力が調整の邪魔をします。


カンチレバーの素性 

 さて、アーム本体の振動系が分離されますと、再生音にアームの癖が現れにくくなります。
 また、個々のカートリッジの音の差も少なくなると云われています。

 一方で、カンチレバーの素性が再生音に現れてくるようです。
 私は、特殊な金属を使ったカンチレバーより、普通のアルミ合金製のカンチレバーの音が好ましいと感じます。
 また、細くて長いカンチレバーより、太くて短いカンチレバーの方が好ましいと感じます。

 現用のピカリングやスタントンは、アルミ合金製の太くて短いカンチレバーですが、回転シェルと組み合わせると、癖の無いバランスの良さを感じます。


様々な回転シェル

 かつてラジオ技術誌で販売されたRS−1
 オーディオテクニカ製のシェルが基になっており、回転軸にベアリングが使われている
 カートリッジはピカリングのNP/AT
 長谷川さん作の90年頃の回転シェル
 回転軸の上側は金属のバネ性の弾力で押さえている
 リード線は極細のワイヤー
 カートリッジはデンオンのDL−103
 ゴルフ13さん作の回転シェル
 サブ・シェルはカーボン製で、カートリッジ取付位置の前後調整が可能
 カートリッジはオーディオ・テクニカの改造タイプ
 RS−A1アームに、ゴルフ13さん作のカーボン製サブ・シェルとアルミ・スペーサーを装着
 カートリッジはピカリングのNP/AT
 長谷川さん作の回転シェル
 サブ・シェルはアルミ製で、カートリッジ取付位置の前後調整が可能
 カートリッジはシュアーのM44
 長谷川さん作の回転シェル
 丸棒にプレートが取り付けてあるため、前後位置調整、左右傾き調整が可能
 カートリッジはオルトフォンのMC10
 長谷川さん作のストレスフリー・アームの回転シェル
 カートリッジはデンオンのDL−103
 長谷川さん作の回転シェル
 カートリッジはゴルフ13さん作の反発磁気回路モノラル・カートリッジ
 長谷川さん作の回転シェル
 カートリッジはゴルフ13さん作の反発磁気回路ステレオ・カートリッジ
 ゴルフ13さん作のカーボン製回転シェル
 反発磁気回路モノラル・カートリッジと一体型
 ゴルフ13さん作の回転シェル
 サブ・シェルはカーボン製
 スライド・ベースによりカートリッジ取付位置の前後調整が可能
 ゴルフ13さん作のカーボン製サブ・シェル

針が長持ち?

 回転シェルを使い始めてかなりの年数が過ぎていますが、回転シェルに共通のメリットとして感じるのは、針が長持ちすることです。
 針の寿命は、ダイヤモンド・チップ先端の摩耗よりも、ゴムダンパーの劣化が原因の場合が多いと云われています。
 回転シェルを使用することによって、ゴム・ダンパーへのストレスを大幅に減らすことができますので、必然的に針の寿命が伸びるのではないかと解釈しています。
 
  
(05年9月 08年11月改訂、15年8月改訂)


リニアトラッキング考

 ラジオ技術誌の89年5月号に、石塚峻氏の「自動トラッキング・エラーレス・アームの試作」という記事があります。
 この記事では、シェルの回転軸と針の位置を一致させるように調整した場合に、「針先が自動的に接線方向を向く」と書かれています。
 ただし、条件がありました。
 1 回転軸はピボット軸受けで、軸はステンレス・バネ材で先端を30度の円錐形に削ったもの、受けはクローム・モリブテン鋼。
 2 シェル・リード線は極細にすること。(50μ銅線1本でもダメ)
 3 レイクアングルの設定(カートリッジを前下がりにセットする。15度以上の前傾を推奨)
 
 様々な回転シェルを自宅で使ってみましたが、自動的に接線方向を向く回転シェルに巡り合えません。
 一番のネックは、やはりリード線です。
 現実には、リード線を極細ワイヤーにしますと、盛大に振動して、再生音に固有のキャラクターが現れますから、好みが分かれるところです。

 また、MCカートリッジの場合では、地球の地磁気の影響で、カートリッジが北を向きたがるという性質があります。
 レコード溝の抵抗でサブ・シェルを接線方向に回転させる力と、地磁気で北を向く力と、どちらが支配的なのか私には分かりません。

 ところで、リニアトラッキングである事は、そんなに大きなメリットなのでしょうか。
 私はピュア・ストレートアームを常用していますので、外周部分ではトラッキングエラー角が多大なのですが、殊更問題を感じていません。


 なお、トラッキングエラー角の解消方法としては、ターレス等の特殊なアームが多数考案されています。
 私が良い方法と思うのは、ぱたちゃんさんの方法です。
 回転シェルとブラシの組み合わせです。
 レコードの外周に針を落とす時に、針が溝の方向に添うようにしますと、針と溝との角度が内周まで維持されます。
 この方法だと、複雑な機構が不要ですし、ローコストでリニアトラッキングが実現できます。


(15年9月)




オーディオ機器へ戻る