人形峠の蜘蛛
(東伯郡三朝町)
↑人形峠
東伯郡三朝町の穴鴨(あながも)から10キロばかり東に行くと、
鳥取県と岡山県との境に、人形峠というところがある。
そこには昔、牛のように大きな蜘蛛が隠れ棲んでいたという伝説が残っている。
昔、この峠の山の中に、牛のように大きな蜘蛛が1匹隠れ棲み、峠を通る人を待ち受け
しばしば取って食べていた。近くの村人は恐れをなして出来るだけ峠に近寄らないように
していたが、そのことを知らない旅人や商人たちは、きまって、峠の山の中で殺されていた。
死体には必ず、ねばっこい蜘蛛の糸が絡み付いており、咽喉の部分が蜘蛛の鋭い歯で
噛み切られていた。
ある時、ふもとの村を通りかかった旅の若者が、この大蜘蛛の話を聞き、
「よおし、そんなら、わしがその大蜘蛛を退治してやろう」と言った。
村人はとてもそんなことが出来るはずもない、と止めたのだが、
「なに、蜘蛛の1匹や2匹、わしのこの弓で退治できんことはないわい。
必ず仕留めてやる。それには、みんなも、ちいたあ力を貸してくれにゃあいかん。
日の落ちん内に人間そっくりの藁人形を一つ作って、峠の大蜘蛛の出るあたりに
立てかけておいてくれ」と言った。
村人たちはそこで、男の言う通り藁人形を一つ作り峠に持って行くと、
後も見ないで一目散に逃げ帰って来た。
峠では、あの若い男が一人、藁人形から少し離れたところで弓矢を傍らに置いて
身を隠しながらじっと人形を見守っていた。やがてどこからともなく、バサバサと辺りの
木々を踏み分け大蜘蛛がやって来た。真っ赤な大きな口を大きく開けて、
今にも人形に飛びかかろうとしていた。
若者は「しめた!」と、つぶやきながら、すばやく弓に矢をつがえた。
大蜘蛛は、それとは知らずに立てかけてあった藁人形に糸を吐きかけて動かないようにし、
人形の喉笛のところに飛びついた、まさにその時、
若者が狙いを定めて放った矢が「ビューン」と大きな音をたてて大蜘蛛の胸を射抜いた。
そして、追いかけるように放った矢は大蜘蛛の顔や腹に数本突き刺さり、
どくどくと赤い血を流しながら死んでしまった。
こうして、この峠は安全に行き来が出来るようになり、人々は喜んで、この峠の事を
「人形峠」、大蜘蛛の隠れ棲んでいた近くの山は「人形仙」と呼ぶようになった。
↑ウラン鉱発見碑
秋になると紅葉の美しい人形峠であるが、現在は大蜘蛛ならぬウランの眠る土地であり、
三朝温泉は日本でも有数のラジウム温泉で有名である。