タヌキ清水

(所在地:鳥取市野坂谷下段)

鳥取市から千代橋を渡ると、野坂谷の下段という村に出る。
その村の外れの山すそに、「タヌキ清水」といって、いつも冷たいきれいな清水が湧いている所がある。
この清水、何故こんな名前が付いているのか。・・・それは以下のような伝説があるからである。

 

ある年の夏、湧き水があんまりに冷たいので、村の若者が夕涼みに集まって色々と話し合っていた。

「なぁ、みんな。この泉の中に一番長い事手をつけていられるか競争してみようではないか」
「そりゃあ面白い事だ。我慢比べなら負けないぞ」

この奇妙な試みに、皆が賛成し、誰かの合図で一斉に泉の中へ手をつけた。
まるで氷水の中へつけたようで、冷たいというよりも、むしろ痛いといった感じ。
若者たちの表情が次第に厳しくなっていった。

「こりゃたまらん」  「痺れて、手がちぎれそうだ」  「体の芯まで冷えてしまうぞ」  「もう我慢できない」

若者たちは、ほとんど一斉に手を上げてしまい、真っ赤になった手を擦り合わせ、暖めた。

そんなある真夜中、泉のあたりで不思議な声が聞こえてきた。どうも人の気配ではなさそうだ。

「幽霊だろうか」  「まさか。そりゃきっとタヌキかキツネが涼みにでも来ているんじゃろう」

そういえば、蒸し暑くて眠れない夜には必ずといっていいほど物音がする。
月の綺麗な晩などは、鼻歌交じりの物音さえ聞こえるとか。
しかし、誰も怖がって、その正体を確かめる者もいない。
朝になってから、泉の所へ行って見ても、別に変わった様子もない。
水も濁ってなければ、何一つ落ちてもいなかった。

そんな真夏の朝の事。村の娘が西瓜を冷やそうと泉の所へ行ったが、
「キャッ!」と叫んで、その場に立ちすくんだ。一匹の大きなタヌキが泉の中で死んでるではないか。

「一体タヌキが何をしに来たんだろう」  「水を飲みに来たんだろうよ」

皆は色々と想像してみた。

「タヌキがあんまり暑いので、体を冷やそうと思ってやって来たんだろうが、つい気持ちが良いので
眠ってしまい、そのまま死んでしまったのだろうよ。可愛そうになぁ・・・」

村一番の年寄りが労るように言った。真夜中の物音は、やっぱりタヌキの仕業だったのか、
以降、その怪異はぱったりと起こらなくなったとさ。

それから後、この冷たい清水の事を「タヌキ清水」と呼ぶようになったとさ。

 

・・・この「タヌキ清水」、現地の人でも、もうあまり知る人がいなくて、探すのに
非常に苦労しました。特に若い人なんかは尋ねても
「ハァ?」みたいな顔をされる場合が多く、伝説地はこうして廃れていってしまうんだな、
なんていう危機感を味わってしまいました。
同時に好事家と言われてでも何らかの形で伝説を残していかなければなぁ、
なんてガラにもなく思っちゃいましたよ。ホント。

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