「TVとしての面白さ。または、映画としての面白さ。」


 ―昨年末の邦画興行の大事件「踊る大捜査線」を検証する―

「ブレイブ」の当日運営の時に始めて出会った会員の人と「踊る大捜査線」の話で盛り上がった。
「踊る大捜査線」は、従来の刑事ドラマとは異なり、所轄署と本庁のかかわりあい方など、今までのドラマには見られなかった警察機構のリアルな描写が話題となったTVシリーズの劇場版である。
でもねえ、TVからの映画化の作品ってあまり面白かったためしがないんだよねえ。
 確かにTVシリーズだと1クール分の膨大な時間があるので、人間描写にしろ、設定にしろ充分克明に描けるのだが、映画は約2時間の物。
当然、初めて観る人もいるのだから、いちいちドラマの基本的な部分からお客に教えていかねばならない。
こいつは、結構な時間の浪費だし、全体的なテンポも悪くなるかもしれない。
だが、いちばん肝心なのはテーマ。その作品世界を借りて,如何に映画的自己主張をするかが、その作品の命運を決めるのえはないでしょうか。
 「踊る大捜査線 the Movie」は、猟奇殺人事件と警視庁副総監誘拐事件の2つの事件を絡ませて、湾岸署の刑事達の活躍を描く物だが、
猟奇殺人事件の犯人役の、小泉今日子の演技が異彩を放っていて、いささかメインの誘拐事件の方が押されてしまった感があり、全体的にもなんかTVみたいな作りになってしまってき、映画的ダイナリズムに欠けた気がする。
(もっとも、現代社会に起こりうる凶悪犯罪や会議会議でいっこうに捜査が進まない警察組織のありかたを鋭くえぐるといったものを「踊る…」に期待した僕が、的外れだったのかもしれないが。)
とはいえ、随所に盛り込まれた名作映画のパロディや(娯楽映画の範囲で描かれた)これまで描かれることのなかったリアルな警察のシステム、
インターネットを使った犯罪とかゲーム感覚の犯人像など一見の価値のある映画であることは間違いない。
ある意味においては、この作品を契機に日本映画の犯罪ドラマが変わっていくかもしれないと思うと、意外と日本映画も捨てたもんじゃないなという気になった。
 「踊る…」シリーズの名セリフのなかに「自分の正しいと思うことをしたければ偉くなれ」というセリフがあるが、これは、主人公の青島刑事を通して「結局の所、人生とは自分の理想との闘いなんだよ」と、
言っているような感じがして、案外とこのシリーズって、それがテーマなのかなと思ったりした。
 「踊る大捜査線」、劇場版にて堂々の完結である。

      
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