高野悦子 
          〜二〇歳の原点〜

← 天神踏切があった場所

1969年6月24日未明 京都で一人の女性が鉄道自殺をしました。
その後、下宿に残した日記が見つかり、遺族が本にしたのが「20歳の原点」です

今年はちょうど亡くなって35年目、命日には行けませんでしたが、27日(日)に彼女が住んでいた場所を訪れました。 

 自分が19歳になり、進路が見えないまま過ごしていた頃、大阪、難波の本屋さんで見つけたのがこの本でした。
 はじめは意味がわからない部分も多く、この本に書かれている言葉が心に届かなかったのですが、 20歳になりもう一度読み直すと、共感できる部分がたくさんでてきました。
 それから毎年、同じ本を同じように読み、その時々で受け止める言葉の場所は違っても、自分の心の支えとなってきたのです。




「独りであること、未熟であること これが私の二〇歳の原点である。」
 
 嫌なことがある度に、この言葉をつぶやくと少し心が解放されました。

そんな作者が過ごしていた場所、そして自殺した場所を訪れたいと思っていましたが、今回、昔の面影を探し、その場所に立つことができました。

立命館大学 広小路キャンパス跡地

彼女が通っていたシアンクレール、今は駐車場となっていました

アオキ書店 

京都国際ホテル

シアンクレール跡地

最後の現場

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 高架ができる前はこの舗装道路と歩道付近が線路でした。
彼女が亡くなったのは、踏切からこちらへ20m。ちょうど木が植えてあるあたりです。

1969年6月24日の京都新聞・夕刊に「娘さん、線路で自殺」の見出しが付いた小さな記事が載りました。
「二十四日午前二時三十六分ごろ、京都市中京区西ノ京平町、国鉄山陰線天神踏切西方二十メートルで上りり山口・幡生駅発、京都梅小路駅行貨物列車に線路上を歩いていた若い女が飛び込み即死した、自殺らしい。
 西陣署で調べているが、女は年齢十五〜二十二歳、身長一.四五メートルで、オカッパ頭、面長のやせ型、薄茶にたまご色のワンピースを着ており、身元不明。」

最後に過ごしていた下宿と亡くなった場所

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彼女が住んでいた御前通り

二〇歳(にじゅっさい)の原点について

 立命館大学文学部史学科に在籍していた高野悦子さんが残した日記を、遺族の方が本にされました
彼女の20歳の誕生日である1969.1.2から始まるこの本は、感じたこと、考えたことをそのまま、詩を交えながら書き残した作品です。
そして、1969年6月24日未明 山陰本線の列車にはねられて亡くなっています。



1969年1月2日
私は慣らされる人間ではなく、想像する人間になりたい。「高野悦子」自身になりたい。テレビ、新聞、雑誌、あらゆるものが慣らされる人間にしようとする。私は、自分の意志で決定したことをやり、あらゆるものにぶつかって必死でもがき、歌をうたい、下手でも絵をかき、泣いたり笑ったり、悲しんだりすることのできる人間になりたい

彼女が通っていた立命館大額広小路キャンパスがあった場所

4月11日
朝起きて、すべてがつまらなく感じていたときに彼女からテレ。1時清心館前で待ち合わせ、立命の広小路キャンパスはいかにも新学期といったムード

彼女がバイトしていた場所

3月16日(日)
京都国際ホテルにウエイトレスとしてアルバイトに行きひとつの世界を知った。
人間っていったい何なのか、生きるってどういうことなのか。生きること生活すること、私はどのように生きていくのか、あるいは死ぬのか。今、私自身は毎日毎日広小路で講義を受けるがごとくアルバイトに通い働いているのだが。

4月18日(金)
アオキ書店で、スープの本とカクテルの本を立ち読みした。少し勉強したぞ。でも、初めてサーバーを使って料理を運んだが、料理の名も知らなかったことがウェイトレスとして恥ずかしい。

4月12日(土)
「シアンクレール」に5時半までいた。何であんなにいいんだろう。あれを全身できいていると体が生気あふれるのだ。最後に、The Sound of Feeling をきいてバイト先に急ぐ。

今はマクドナルドになっている

3月27日
私は臆病者だ。与えられた環境の中で生きていく人間である。私は自分に自信を持てない人間である。臆病者であることがいいのかどうかわからない。ただ、臆病であることを意識すると。自分が卑小でつまらない人間に思えてくるのだ。そういうときはたまらなくなる。

4月15日(火)
全力投球で生きていくなんて止めた方がよい。人間の寿命は決まっている。煮詰めて生きれば、生きる年数は短くなる。

4月16日
叱られるより叱るほうがむつかしい。ウエイター、ヘッドウエイター、主任になるにつれ叱る人はいなくなる。自分で叱り叱られねばならなぬ。自分で自分を叱ることは難しく、必ずそこには甘さがつきまとう。と清水さんが言ったとき、私は前に自分には仕事があるといったことを恥ずかしく思い、またきびしさ、自分の甘さを痛切に感じた。

5月2日
私は人を信じているのだろうか、ひどく皮肉っぽくなっている自分に、昨日気がついた。私の人を愛する心、やさしさなんていうのは、自分を保全しようとする上でしか成りたっていないんじゃないか。

自殺現場

彼女が残した詩の一部分です

恋人がほしいと思う
彼は山や海が好きで
気がむくとザックをかついでヒョット出かける
そして彼は詩が好き
臆病なくせに大胆で 繊細で横暴
子供のように純真で可愛らしいと思うと
大方の男がそうなように タイラントのようで
そして彼は革命を夢見るロマンチスト