引札について

引札とは店や商品の宣伝、売り出しの告知のために配られたチラシのことです。昔は配る事を「引く」と言い、配る札という意味で「引札」と呼ばれるようになりました。

 引札の始まりは18世紀初めとされていますが、天和3年(1683)に江戸の越後屋(三越の前身)が日本橋駿河町に開店した際に配った引札が有名です。そこには「現金・安売無掛値(現金安売掛値なし)」と書かれていました。これは、当時は年末に一年分の払いをまとめてする「掛売(かけうり)」が主だったものを現金取引にして安く売りますという意味と、「掛値なし」とは値札通りの価格で商品を売買する事を意味します。

 それまでは、武家屋敷や裕福な町人宅を訪問して掛値で売っていましたが(相手を見て値段を決める)、定価制にして不特定多数を相手に商売を始めたという事です。また、支払いも6月、12月にまとめての支払いでしたがその場で現金が入るため貸し倒れの危険もなくなりました。このことは封建社会の中でお金さえ払えば誰でも対等に扱われる社会が始まった事も意味します。

 明治になると、印刷技術が進み、見た目に綺麗な引札が安価に大量に配られるようになりました。それぞれ工夫を凝らし、めでたい図案や有名な物語の名場面、着飾った女性や子どもなどの図柄が多く発行されています。

  チラシは現代でも配られていますが、すぐに捨てられてしまう物です。それ故、引札はその時代背景がわかるものとしてとても貴重で、また重要なものと考えられます。

 引札を眺めていると、その制作者が庶民を引きつける宣伝方法を十分駆使し、いかに商売に結びつけようとしているのかがうかがえます。ここで紹介している引札は、明治時代から大正にかけて山陰地方で私たちの先代が作り、実際に配布され使用していたものです。

 地域でどのような暮らしをしていたか想像しながら眺めていただけると幸いです。