無形文化遺産 文化の多様性促すために

「有形」と車の両輪の評価を
ユネスコの貢献

 島根県の石見銀山が今年(2007年)7月、「世界遺産」に登録され、国内
では法隆寺、白神山地などに次ぐ、14番目の登録となった。ユネスコ(国連
教育科学文化機関)は1946年の設立以来、教育・科学・文化活動を通じて
国際平和に寄与することを目的として、その任務の一つである文化財の保
存に貢献してきた。72年に採択された世界遺産条約はその重要な柱とし
て、現在、締約国は185カ国、わが国の14件を含む世界遺産は851件に
上る。

 同条約は「有形」の文化・自然遺産への国際的関心を高め、保護の手を差
し伸べる上で大きな役割を発揮してきたが、世界遺産条約と並ぶ車の両輪
として、「無形文化遺産保護の条約」の内実の豊穣化へ、世界の関心がよう
やく高まりつつあるといってよい。

 2003年10月17日のユネスコ総会で採択された同条約は、わが国を含む
30カ国の批准を経て、2006年4月20日に発効、ようやく批准国も78カ国に
達した。「有形」へのこうした国際的支持の高まりに比して、「無形」の劣勢は
覆うべくもない。特に欧州各国では「無形」の価値を評価することに、少なか
らぬ抵抗感が見られた。

 わが国はこれに反して、1950年制定の文化財保護法に明らかなように、
「有形」と「無形」を車の両輪として評価する伝統が根強い。文化・芸術・伝統
工芸における「人間国宝」などは、その象徴的なケースである。日本のみなら
ずアジア諸国、アフリカ、中東では、伝統芸能、口承、祭礼行事に、民族の精
神のコア(核)ともいうべき文化的価値を見いだし尊ぶ慣習に事欠かない。深
い精神性と歴史の母に抱かれた豊かな「無形」の文化遺産の大地に、初め
て大輪の「有形」の花々が咲き競うことは明白であろう。

 同条約で定義する「無形文化遺産」はわが国の無形文化財よりも広く、次
の5点に明示された。(a)口承による伝統及び表現(無形文化遺産の伝達手
段としての言語を含む)(b)芸能(c)社会的慣習、儀式及び祭礼行事(d)自
然及び万物に関する知識及び慣習(e)伝統工芸技術。

 定義に基づいてユネスコは、2001年、2003年、2005年の3回にわたり、
無形文化遺産の候補となる「傑作宣言」を発表、保護の重要性を訴えてきた。
リスト90件のなかには、能、文楽、歌舞伎をはじめ、ヴェーダ詠唱(インド)、ワ
ヤン人形劇(インドネシア)、クメール影絵劇(カンボジア)、「昆劇」(中国)、パ
ンソリ詠唱(韓国)、馬頭琴の音楽(モンゴル)など、日本人になじみの深いジャ
ンルも少なくない。

いま重要な節目に

 9月3日から東京で開かれる無形文化遺産保護条約に基づく政府間委員会
の第2回会合では、リストを軸として09年秋に発表される「無形文化遺産」登
録への、作業指針が具体化される運びとなった。同リストをもとに、「人類の無
形文化遺産の代表的リスト」及び「緊急に保護する必要がある無形文化遺産
リスト」が作られる。今回の東京会議は、文化の多様性を世界的に保護・育成
していくうえで、極めて重要な節目となろう。経済のグローバル化の荒波に洗
われ、「無形」の文化遺産はいま消滅の淵に立たされている。「有形」の空洞
化を避け、人間精神の深化を促すうえでも、「無形」の文化遺産保護に世界の
英知が結集されなければならない。

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