Kさん
人恋しい季節。女房殿とテラスでお茶を飲む。
ヤマボウシの蕾が大きく膨らんで、もうそこまで春を呼び寄せている。バードハウスにメジロが来て、しきりに巣穴の中を覗きこんでいる。今年は薔薇を一杯植えて見たら・・・と、女房殿が申された。
 薔薇と言えば、ポートランドのローズテストガーデン。セルウッドで見た紅い薔薇は子供の頭ほどあったが、ホーソンSt.へ抜ける道沿いの薔薇屋敷を覚えてるかい。素敵なガーデンファニチャーがあったし、参考になるから訪ねてみようか。いいわねェ、行こうか・・・うっかり相槌を打った女房殿。女房殿にしては薮蛇だった。駄目よ、ダメダメ!この話はこれまで−と、慌てて立ち上がる。
 これが逆効果。燃え上がった炎が消せようか。思い立ったらもう止まらない。直ぐ電話を入れる。明日のNW96便どうだろう?20分後、大阪の旅行社からOKの返事があり航空券は関空のカウンターに預けて置くと言う。
 さァ大変!女房殿はムクれて口もきかない。男の一人旅と言えども5日間の滞在。極力、荷物を絞り込む。着替えはカッター1枚。下着は上下1組。ソックス1足。入浴しながら洗って置けば、空調が効いているので朝には乾いている。歯ブラシ、ハミガキ、シェービング。筆記具はホテルのボールペンと便箋利用。バスと電車の路線図は持参。足りなきゃ現地で調達とばかり、翌朝ボストンバック一つで飛び出す。
 関空の喫煙コーナーで出国カードを書いていると、誰かに呼ばれているような気がする。繰り返しアナウンスがあるので、NW96便の山口さんは俺のことだナと気ずく。フライト電光板を見ると出発時間が早まっているではないか。
 紅いブレザーを着用したお嬢さんがやって来て、山口さんでしょうか?さすが職業柄、よく探し当てるものだ。早速、発見しました!と、トランシーバーで連絡を入れる。少し変な気持ち。逃亡者みたい。急き立てられて機内持ち込み手荷物の検査とセキュリティチェック。急ぐ時に限って、やけにブザーが鳴ってアウト。カメラの蓋まで鳴り出す始末。やっとクリアしたが、団体客で出国審査はどれも長蛇の列。
 済みませんが飛行機を待たしているので、先に通して下さァーイとお嬢さんが叫び、先頭へ押し出されて赤面する。スタンプを捺してもらって通路へ出ると、別のお嬢さんが待ち構えて居て、さ、早く早く、急いで下さい!つられて小走りに駆ける。100メーターも走ると、次の紅いブレザーのお嬢さんが待ち構えて居て来ました来ました。只今通過、どうぞと連絡し合っているから休めない。走れ走れコータロー。まるでレース馬だ。
 やっとモノレールに飛び乗って、到着したフォームからエスカレーターで降りる私を搭乗ゲートから早く早くと手を振っている。足がもつれて転びそうになるが、許してくれない。どうにか機内に駆け込むと、直ぐ機が動き出した。出発を早めたせいか、シータックへは40分早く到着した。
 余裕のある旅行が出来ないんだから、もう。それを旅の楽しみの一つにするような人なんだからと女房殿は嘆くのだが、気が付けば雲の上というのが、私の旅のスタイル。
 確かに旅は身近になった。異国へ飛び立つのも手軽になったし、旅に出ると体調が良い。元気を貰って帰れるのが何よりの魅力である。            
 じゃ、また・・・

(これは地域と朝日新聞を結ぶコミニュケーション紙に31回にわたり掲載されたものです)



             2 女房孝行

フット山 ティンバレンロッジ

kさん。
 これがまァ女房殿かと疑うほど,旅に出ると若くなる。キューとだ。
 貴女の国に降り立つと、俄然目が輝く。時差呆けなんて気にしない.。外へ出ると、寄り添って腕を組もうとする女房殿。気恥ずかしいから私は逃げようとするのだが,腕を放さない。
 先ずロイセンターに連れ出される。今はないここのJCペニーがお気に入りで、見て見て,この薔薇のテーブルクロス。お店用に8枚買っちゃうからネ。ハァーイと店員を呼ぶ.。香水や装身具など小物には目も向けない。大きな物を買いこむのが好きだ。最初に小遣いを折半して渡してあるのだが,これはお店用だから経費に.落とせるでしょ。払っといてネと来る。この調子でかさ張る物を買い込まれちゃ、私の小遣いは乏しくなるし、帰りのパッキングが苦になる。
 そこで、グレイハンドのバスツアーに乗せた。ホテルのフロントに頼んで置くと、朝、バスが来てピックアップしてくれるし、帰りもホテルまで送ってくれる。
 朝霧のオールドタウン。アムトラックのユニオンステイション前を出発したバスがウッド・ベリジの別荘地を抜けると、緑豊かな高原が広がる。サンデイの田舎町でティブレークの後、オリギャン富士と呼ばれているMt.フットを目指す。レッドシーダーの谷,サルガセオがまとわりついている。この山で松茸が採れるのよとヘえてくれたのはKさん、貴女だ。カナダ産は日本に入って来ているが,オリギャンから来ないのは貴女がみんな食べてしまうからだろうか……。
 やがて雪を頂く壮麗な白銀の山が現れた。バスはぐんぐん高度を上げ,中腹のティンバアレイン・ロッジに到着。大恐慌時代、ルーズベルトのニューディール政策の一環として建設された重厚な歴史的建建造物でここ3,425mのMt.フットでは年中スキーが可能だが,ファッションを競い合っている日本のゲレンデ風景は見当たらない。本当にスキーが好きな連中が楽しんでいて地味だ。
 ランチタイムなんてどうでもいい。高山植物を避けてゲレンデを登っていくと、岩のかけらは大山と同じ安山岩、黒と茶。遥かアメリカくんだりまで来て日本の山を思い出すなんてとぼやきながら降りてくると、女房殿。バスの窓から早く来いと手を振っている。
 帰路はフライフィッシングで知られたフッドリバー沿いにコロンビア河に出た所がウインドサーフィンのメッカ。バスは断崖の上を幾つもの瀧を見ながらマニトノマの瀧で停まる。落差189m、アメリカで4番目。気品のある瀧だ。
 ふと、瀧の流れ出しの浅瀬で動くものを目にした。何とサーモンのカップル。愛の交歓中だ。サーモンまでが開放的で燃えていた。アメリカは元気だァ……。
 コロンビア渓谷。最後のクライマックスは、1918年に設置されたというクラウンポイントの展望台。高く果てしないアメリカの蒼空の下,コロンビア河は流れ、ワイルドで広大な国土の一端を垣間見た一日だった。
 それにしても、わが女房殿。ツアーの連中とロッジでランチを共にして人気者になったらしい。中でもポートランド在住の老婦人に気に入られたようで,又会えたらいいねとアドレスを書いてくれたという。別れ際に握手を求める男性もいたから,余程モテたようだ。
 日本人は歳より若く見られるらしいが、小柄だから若い娘に見えたのか?アメリカ人は甘いと言いたいが,それじゃ私は女房殿の父親か……?バスツアーは,もう止めた!!

コロンビアリバー





3 渚の小さな町


オリギャンコースト 町角で

kさん。
 山へ行ったのだから海も見たいヮと女房殿に口説かれ、一日置いて又もやオリギャン・コーストのツアーバスに乗り込む破目になった。
 そして奇遇というか縁があったというのだろうか。Mt.フットとコロンビア渓谷を巡るツアーで一緒だった老婦人に又、出会った。
 ユニオン駅前。バスに乗り込んだ途端,声を掛けられた。家内達は抱き合って喜ぶ。体力が衰えてきたので、海が見たくなったり山へ行きたくなったツアーに参加するらしい。
 オールドタウンからウラメット川を渡り、ティーブレイクはキャンプ18。私が工芸品など見ている間,家内はすっかり老婦人の娘になりきってラウンジでお茶を召上がっていて、
それからも老婦人はつかず離れず何かと女房殿の面倒を見ているようだ。老婦人の亭主は私を見て、肩をすくめてニヤリ。
 最初の観光地、シーサイド。文字通り海辺の小さな町だ。茫洋たる太平洋。海は凪いでいたが、長く遠い砂浜。視野のうちに建物らしいものが、ポツンと一つ。碧い海と空以外は何も無い。渚までヨシズ張りの小屋がひしめく国と違って,流木以外何もない浜だ。ウミネコが観光客の手からパン屑を貰いに群がっている.。
 ランチタイム。洒落た塔屋のあるレストランに入ると、老婦人も居た。彼女に教わったのか、カフィ以外二人で一人前でいいのよと女房殿は言ったが,私はティブレークもしてなかったし空腹だったから、2人前オーダーしたのが失敗。ここがアメリカであることを忘れていた。テーブルに出された山盛りのサラドを見た途端に食欲が無くなった。
 だから一人前でいいと言ったのよ,老婦人が折角アドバイスしてくれたのに、と女房殿。そうまで言われちゃ、男のメンツにかかわる。何の!日本男児の意地にかけて俺は平らげなきゃ!私は奮起して詰め込む。シーフードも大味だが,もう後へは退けない。どうやらこなした。老婦人が目を丸くして見ていた。女房殿は三分の二残したので、テイクアウトするかとウエィトレスに訊ねられ早々に退散。
 腹ごなしに通りヘ出て町を歩く。ホテルも小ぶり、B&Bまであって親しめる町だ。女房殿は犬好きらしい地元の夫人に手綱を取らして貰って大はしゃぎ。毎年。正月、ペンションに泊りに来るモック氏に似た人の娘達と一緒に、海岸で写真を撮る。
 そして、バスは海辺を走る。ヘイスタック・ロックを過ぎて、有名なチラマックのチーズ工場へ寄る。老婦人のアドバイスで食べた大盛りのアイスクリームだけは殊更美味だった。
 牧場が連なり,そしてワインの産地らしく一面のブドウ畑の広がる小さな町を幾つか抜けて、遠く黄昏がポートランドのビル街の窓ガラスをバラ色に染める頃、ダンタンで降りた老夫婦は幾度も幾度も手を振りながら、私達をホテルまで送ってくれるバスを見送っていた。ツゥ―と胸が痛んだ。いつ又、会えるだろうか……
 帰国して、コロンビア渓谷で一緒に撮った写真を送ってあげたら、老婦人から女房殿に手紙が来た。日本へ行く機会があって、それまで元気で居たら、きっとあなたのペンションに泊りたいわと。女房殿、それを見て泣いて居た。
 どうもアメリカへ行くと、私は女房殿の引き立て役になってしまう。
じゃ、又……

           
チーズ工場






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