思い出のレース


私の今までに出たレースのエピソードをまとめてみた。
今は消滅した大会もあり、記憶があいまいな部分もあるが、
私のランニング人生のほとんどが詰まっていると思う。

a@14
 
布部一周駅伝
場所
広瀬町
   
 
 かなり古くからある駅伝で20歳台の頃に出たことがあり、境港市チームの1区を走ったと記憶している。のぼりが続くコースで、当時自分はのぼりには弱いと思っていたのだが意外に走れてトップ集団についていくことが出来た。最後には離されたが、当時強力チームだった日野郡のエースS木さんから「良く頑張ったね」と声をかけてもらったのを覚えている。
 その後は長い間出ていなかったが、再び竜ヶ山クラブが出場することになり毎年出かけている。ローカルな駅伝で出場チームが少ないがスタッフの熱意は伝わってくるので、これからもこの駅伝が続くように私は走れなくても毎年チームを参加させようと思っている。
   
a@13
 
 
山東ロードレース
 
場所
兵庫県
   
 
 この大会は1度しか出ていない。例によって車中泊で参加した。3月に行なわれていたが、その冬はゆっくりしたJOGしかやっておらず参加種目が5kmだったのであまり走れないだろうと思っていた。ところが以外に良く走れてぎりぎり入賞することが出来たのでトレーニングに対する考え方が少し変わった大会でもあった。
 スタートゴールは学校の校庭だったが中央にやぐらが組んであり、当時世界選手権のマラソンに出場したS原選手が来ていてアトラクションとしてやぐらの上から餅まきをしていた。マラソン大会と餅まきというアンマッチな光景が印象に残っている。
   
a@12
 
 
日本海マラソン
 
場所
鳥取市
 
   
 
 何回か出たことのあるレースだが、最初に出たときがI淵さんとのマッチレースになったので、一番印象が強い。
 いつものように最後方からスタートして少しづつ前に出て行く展開で、できるだけ抑えて走っていたが、15キロからの下り坂で我慢しきれずに飛ばしてしまった。案の定20キロから足にきてペースダウンして、完走できるか不安になった。しかも当日は悪天候。30キロから35キロは上り坂、向かい風、あられが顔に当たるという3重苦になった。何とか完走をと思い走っていたら、前方にI淵さんがよろよろと走っており、一挙に抜き去った。そして何とか粘り抜き、ゴールの競技場にたどり着いて、あと300mとなってやれやれやっと終わったかと、気をゆるめた瞬間、後ろから来たランナーが私の肩をバシッと叩いた。なんとI淵さんだった。もう私の足は言うことを聞かず、無念の敗戦。全くとんでもないオバサンだ。
   
a@11
 
秋吉台カルスト高原健康マラソン大会
場所
山口県秋芳町
   
 
 一度しか出ていない大会だが、その景色の美しさは私が今まで出た市民マラソンの中で最高のものだった。
 前日に家を出発して、夜暗くなって秋芳洞に到着し、車の中で寝た。翌朝は秋芳洞の駐車場からスタート地点までバスでピストン輸送していたが、受付を済ませると、1キロほどなので、走って車まで帰り、参加賞などを置いて、スタート時刻にあわせて再び走って会場に行くことにした。
 ハーフに出場したが、レースは最初のうちは上り坂が続き、ひどいコースだと思ったが、いい加減くたびれてきた頃、平坦になると同時に視界がパッと開き、カルスト台地のすばらしい景色が飛び込んでくる。自然の演出で疲れも忘れてしまう。レース終盤は下りなので走りやすかった。個人的にはかなりお勧めの大会である。
   
a@10
 
宍道菅原天神マラソン
場所
島根県宍道町
   
 
 この大会には何度か出た。ここは駐車場が遠く離れた場所にあり、バスでピストン輸送というパターンで、かなり不便だ。コースも前半下りで後半上りという粘りきれない地獄型。さらに直線が長く、見通しがよすぎて走りにくい。しかしこの大会はハーフマラソンの部の優勝者をホノルルマラソンに招待してくれるという目玉がある。というわけで、その頃よく一緒に走っていたI淵さんやO谷さんと出場した。女子のハーフにエントリーしたI淵さんは大張り切りで、ホノルルは私のものよという感じだったようだ。確かにレースはI淵さんの独走になり、女子のトップでゴール。大喜びだったが、主催者からホノルルは男女の総合トップ1名だけと知らされガックリ。しかしさすがに憤慨したらしく、主催者に猛烈抗議し、それ以降女子の優勝者もいけるようになったと聞いている。  
   
a@9
 
明日香マラソン
場所
奈良県
   
 
 3月の上旬に行われていたフルマラソンだスポンサーが日本S舶振興会だったらしく、開会式で挨拶したのが、当時90歳を超えていたS川良一会長だった。若いボディーガードを一人連れて、ちょっと移動するのでも駆け足で行くので、ボディーガードもつらそうだったが、その元気さには驚かされた。挨拶の内容は忘れたが、やたらと「天皇陛下様」という言葉が出てきて、違和感があったのを覚えている。
 このマラソンの特徴は、コースが複雑なことで、途中で細い路地に入ったりして、ほんとにマラソンコースなの?という感じだった。もう一度走って来いといわれても誰もわからないだろうと思う。レースはペース設定して走ったので、余裕を持って走ることが出来て、いつものゴール後のヘトヘト感もなく、あまり印象に残っていない。
   
a@8
 
木津川マラソン
場所
京都府
   
 
 世の中には備えあれば憂いなしという言葉があるが、この大会は反省の多いレースとなった。京都の2月は寒い。この年は2月と3月でフルマラソンを3レース走る予定でペース設定して走ったのだが、あまりの寒さで途中で帰りたくなった。ウォーミングアップを終えてスタート前に控え室になっている学校の体育館で着替えをしていた。ランパンに長袖Tシャツの上にランニングと手袋という普通の格好をしていたのだが、スタート時刻が近づくと周りの人たちが一斉にバッグからゴミ袋を取り出してかぶり始めた。防寒対策である。私はこのときいやな予感がしたが、その通りとなり、スタート地点に行くまでにすでに寒くて震えていた。スタートしたら暖まると思っていたが、川沿いの土手の上を走るコースで風が強く、走っているうちにだんだん寒くなってきた。全体のコースはT字型で2度折り返しがあり、最初折り返してからスタート地点の近くまで戻ってくる。このとき正直、止めようと思った。しかし何とか誘惑を振り切り、沿道の人から暖かい紅茶などをもらって、ようやく予定通りのタイムで完走した。ゴール後は、1キロほど離れた銭湯が無料開放されており、入ったが、ものすごく熱いお湯で、レースとの落差がありすぎ、私にとってかなり思い出にのこる大会のひとつとなっている。
   
a@7
 
吉備路マラソン
場所
岡山県岡山市
   
 
 この大会は40歳くらいのとき1回だけ出たことがある。岡山駅からすぐの県営陸上競技場を発着点として行われていたが、2月のレースなので走るより、むしろ車での行き帰りが大変だった。前日出発したのだが、根雨についた頃、予想通り圧雪があり、チェーンをつけようとしたら、チェーンをとめるバンドを忘れてきて、あわててガソリンスタンドでバンドを買い、何とかなったが、峠を越える頃は20〜30センチも積もっており止めて帰ろうかと思ったほどだったが、山陽側に出てしばらくすると雪はなく、やはり冬は太平洋側に住むべきだと思った。暗くなってから競技場についたが、駐車場があいてなくて、近くの24時間レストランの駐車場に車を止め、車の中で寝た。
 翌日のレースは35キロという半端な距離で、結構知り合いも出ており、退屈せず、完走することができた。現在はコースも距離も変わり、米子道もできているのでまた機会があれば参加したいと思っている。
   
a@6
 
青梅マラソン
 
場所
東京都青梅市
   
 
この大会に初めて出たのは20歳のころで、その頃は2000人くらいの参加者だったが、現在は10000人規模の大会になっている。何度か出たが、道幅が意外と狭くて人数が多いので最初の5キロくらいは前に出られない。もっとも30キロレースなので完走目的のランナーがほとんどだし気にはならない。数年前に出たときには、スタート直後のコース沿いのCDショップから「帰って来いよ」の歌ががんがん流されていた。市民ランナーのお祭といった感じがする大会だ。
   
a@5
 
わくら大寒ロードレース
場所
島根県松江市
   
 
雪の多い時期に開催されるレースで、距離は10キロ、しかも最後に坂があり、結構きついレースだ。
一度大雪が降り、中止だろうと思い主催者に電話したら、「開催します」という返事でうれしくなった。
その時は道路に圧雪があり、私の前を走るランナーがスパイクを履いていたのを覚えている。そんな中、私の長男が島根県の強豪に勝ち、優勝したので特に思い出深い大会になっている。
これからも何度か出ることになりそうだ。実際の距離は少し短いが、坂があるのでタイム的には平たん地の10キロと変わらないので、調子をつかむのにも良いレースだと思う。
   
a@4
 
木次町正月マラソン
場所
島根県大原郡木次町
   
 
 私は最初この大会は知らなかったのだが、秋に湯村ジョギング駅伝に出たのがきっかけで要項が郵送されてきた。当日スタート時刻の一時間半ほど前に会場に着くと誰もいなかったので、中止になったのかと思っていたら、一時間前になって役員や選手がぼちぼち現れた。正月でもあり、かなりのどかな感じだった。
この大会の特徴は参加料が安いことで、通常の十分の一というところだ。また距離が5キロ、10キロがあるが、距離が短い。どうやって測定したのか知らないが、みんな自己記録がだせるほどで自信をつけて帰ることができる。
   
a@3
 
武庫川新春ロードレース
場所
兵庫県西宮市
   
 
一度しか出ていないし、距離も何キロに出たのか覚えていない。河川敷を走るのだが駐車場がなく、夜行バスで三宮まで行き電車で会場まで行った。適当にウォーミングアップした後、スタート前に荷物を一時預かりにあずけ引換券をもらってそれを持って走り、ゴール後荷物を受け取り帰るという、いたって簡単な運営がされていた。都会の市民マラソンにしては人気がいまいちなのもうなずけるし、また出てみようと思わないレースだった。
 
   
a@2
 
西伯郡正月マラソン
場所
鳥取県西伯郡西伯町
   
 
この大会は2度ほど出ている。最初に出たとき、出場メンバーをみて当然私がトップでゴールするだろうと思っていた。しかし意外にもバスケットシューズを履いた中学生が前を走り、私が追い越すと、すぐにダッシュで抜き返してきてデッドヒートが続いた。あと1キロ地点でやっとあきらめたらしく、走るのをやめてしまった。この中学生は有名選手で、T子という選手だとあとで聞いた。これがほんとうなら、私は、インカレ・国体の優勝者に勝った数少ない選手ということになる。そういう伝説?の大会である。
 1月2日にある大会なので箱根駅伝をテレビで見るため、あまりでられない。しかしその後、1度だけ出ようと思って行ったことがあるが、雪が積もっており会場には誰もおらず中止になっていた。
   
a@1
松江元旦マラソン
場所
松江市
   
 
この大会は一度しか出ていない。元旦といえば毎年、近くの神社に初詣でに行き、親戚の家に行ったり、合間をぬって、実業団駅伝をテレビでみなければならないのでひまがない。米子でも元旦マラソンがあるのだが、出たことはない。
 コースは、宍道湖沿いの土手を走るもので、往復2キロのコースを参加者が勝手に決めて最高10キロまで走り、ゴールした時点でタイムを計ってくれる。またコース上には石が飛び出ていたりして、危険な場所もあるのだが、マークがあったりして、主催者の心配りが感じられた。
 当日はテレビ局がきていたらしく、夕方のニュースで放送し、私と長男が映っていたらしいが、島根県のローカルニュースなので見ることは出来なかった。しかし写真が一枚残っており、それを見ると私のベストフォームではないかと思うほど、いいフォームで走っている。実はその後もう一度出ようと出かけた事があったのだが、大雨が降っており、コースも工事中で誰もいなかった。現在はどうやらコースが変わって競技場周辺で行われているようだ。
   
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