この写真は木の本質を写している。
「軒の出を深くすれば」「塗装をしてやれば」勿論このようにはなりませんが、持っている本質は同じ。雨に濡れれば腐ってしまう。なのに何故、木で家を建てるのか。雨雪が降り、湿度も高いこの国で。
答えは単純です。「そこに木があるから」です。歴史的に言うと「そこに木があったから」という表現になるのでしょうか。日本の国土は70%以上が“ヤマ”。それが答えです。しかし、これが悲劇の始まり。水に濡れれば腐る木で、雨をしのぐ家を造るという矛盾した行為の始まりなのです。しかし人間様は偉かった。知恵があった。どう対処したか、その究極が寺社建築といっていいでしょう。
しかし、そんな話しは遠い昔の話し。この輝ける現代において、鉄もコンクリートも安易に手に入る。木にこだわる必要は全く無いですよね。じゃあ、何故・・・。
原点の国カナダ。この写真はバンクーバーから少し東にあるログハウス達です。
多くはゴールドラッシュの頃に建てられたものだと聞きます。人命を守るという大役を終えたログ。いや、共に呼吸をし、共に生きた、と表現した方がいいのかもしれません。そして、その木は今まさに土に返ろうとしています。新たな年輪の誕生の為に自然に返り、その魂は次の世代に継承されていくのです。この法則は、いかに人間様でも真似できません。産業廃棄物やそれに関わる問題が山積する中で、木は昔と変わらずそのスタイルを貫いているのです。人間様も、本来はこの大局の中に在るべきです。
見てください、このログハウス達を。その姿を。真四角です。装飾なんてモノはありません。必要な事だけが、必要な事としてそこにある。究極のデザインです。
「I DO THE LOG」思わず呟きたくなる何かが、ここにあります。